06/11/10
◇◆ テニス・コーチとは(1) ◆◇
最近のコーチは、技術面だけの指導では成り立たなくなっています。
従来のコーチは、自分の経験値をベースとして、継承しているに過ぎないのです。
先般、サッカーの放映があり、その中で選手が欧米へ行くことはあっても、
コーチが行くことのない。これはサッカー業界で考えると致命的な問題だとありました。
この考えに全く同感です。
特に最近のコーチの、「心技体」に均等なレベルアップを、選手個人へ求めるのは、
その範囲が広いだけに余りにも過酷なのです。
更に遡れば、プロ球界の近鉄選手がMLBを見て、
当時のコーチからその知識を得ることで、
選手への対応を再考する必要性を感じたとありました。
このように、スポーツ業界における選手育成の課題は、
選手のレベルアップもさることながら、コーチの必要性を再認識し、
コーチ学の習得をいち早く考える必要を感じます。
理想は、一人のコーチが選手に密着すれば、
選手が得るものは大きなものがあると思われます。
勿論、コーチの負担も大きいのですが、レベルアップへの投資でもあるのです。
俊英を育成できれば、コーチの評価も自然と上がるものです。
それがプロとの接触となれば金銭で可能ですが、
アマではバックアップする側の問題となります。
コーチの存在は、選手にとって貴重なものです。
それだけに段階を踏まえた展開が必要となり、
これを時に応じて修正しなければならないのです。
コーチで拙劣な方法は、自分の経験のみを伝達する方法です。
選手の個性を無視したこのやり方は、選手の成長を阻害するのみではなく、
絶対に独善的な方法は避けることです。
特に初心者に対する場合は、テニスの基本を教えることです。
その後は、選手がそれぞれの個性で、
変形されるものを十分に把握して行かねばならないのです。
以下は、サッカー解説者の言葉から引用したものです。
1、欧州へ行くのは、世界トップレベルの力を身近で体験できる大切なことだ。
しかし、それよりも監督・コーチを何故行かせないのか?
2、物事の判断は、もっと現実的でなければならない。
3、責任の所在を明確にすることに進歩がある。
4、少しづつ理想に近づいてゆくのがベストである。
5、いま出来ることを精一杯やることである。
6、「ドンマイ」の言葉はプロの世界にはない。
7、フィジカルの必要性は、今後ますます大きくなってゆく。
06/11/20
◇◆ テニス・コーチとは(2) ◆◇
テニス・マスターズは、男子ランクのベスト8人が集結して、
ラウンドロビン方式で行われています。さすがだと、思われる場面に何度も出くわしました。
いまはフェデラーをトップとして、8位までの格差はあまりないように言われています。
試合でもそれが如実に現れ、その展開も更に素晴らしいものになっているようです。
今までは、時速250km前後のスピードで、
互いにレシーブゾーンを右往左往していただけでした。
最初はすごいと思っていましたが、これが続くとつまらないです。
いまも、ノータッチ・エースはあります。
ラケットの変化に伴い、技術面が変わったものと思われます。いまは本当に面白いです。
それだけに肝心のところを見習って欲しいです。
バランスの良い身のこなし、え?と感嘆するような俊敏性、どれを取っても、
素晴らしいと言うしかない見事さでした。勿論、それに周囲がマッチしていました。
さて、全日本でも、女子シングルスで19歳の高雄恵利加が
第1シードの中村を破って優勝しました。世界ランクでは中村が上ですが、
全日本では第2シードと伯仲しているのでしょう。
しかし、中村にしてみれば、これほど悔しいことはないと思います。
コメントの中に「課題があること」とありましたが、
それだけで自分の悔しさを払拭できたかどうか?
高尾は初の栄冠ですが、これからは全日本と言うタイトルがいつも付いてきます。
失うものが出てきたわけです。今後は、このときの意気を思い出し精一杯努力して欲しい。
一方、中村は重圧に苦しむとあったが、世界的な試合へ度々参加しているにも関わらず、
随分プレッシャーに弱いと思われます。実際には、見下ろすくらいの差があるのでは・・・。
その劣勢だった自分を、優勝まで押し上げたのだから、
高雄のメンタル面の充実は見事と言うしかありません。
今後の試合でも、いつも上位を食ってやるとの気持ちを忘れないで欲しい。
私の持論ですが、両手ダブルハンドの強打が持てはやされています。
しかし、フェデラー各選手の動きを見ていたら、とてもじゃなく通じるとは思えないのです。
高雄が終了後言っているように、
「フットワークとガッツ」があるからこそ効果があると思われます。
一時的なものではないでしょうが、再考の必要性はあると思われます。
私がそう思うのは、極めて単純な考えです。
フットワークを使いながら、両手を使うにはかなりの体力を消耗し、
更に優位に立つには俊敏なバランスが必要だからです。
06/12/06
◇◆ テニス・コーチとは(3) ◆◇
コーチの基本的な考え方として、決して忘れてならないのは、
先を見て指導することに尽きると思います。
それは、段階的に強くなるために他ならないからです。
いまの学生は、のびのびと育てる環境の中に安住できないのです。
一流を目標とするなら、学校の選択は偏らざるを得ないのです。
残念ですがそれが現状です。
各校の指導者も、限定された期間で選手が交代するシステムの中で、
困難な選手の育成を繰り返し続けています。
目標の設定自体にも大変なプレッシャーを感じるはずです。
最終の目標は、ただ一校にしか与えられない「優勝」であり、
その他は全否定されるにも関わらず、
絶えず追求してゆかざるをないことは間違いないのです。
選手の中でエリートを選択した場合、その選手の目標をどこに設定するのか?
どの程度化けてくれるのか?その時点では指導者の勝負勘でしかないでしょう。
一高校生でしかなかった伊達さんが、
世界ランク4位に達すると誰が予測しただろうか?
これほど選手の将来を予測するのは難しい。
一人だけで達成できるものではないのです。
しかし、架空の物語ではなく実際にあったのも事実なのです。
それは不可能ではないことを示しています。
該当者がいないからと空位ではあり得ないのです。
だからこそ、それに向けて選手たちも日夜努力しているのです。
そのために、選手をサポートする周囲の人を必要とするのです。
コーチもその一人であるのです。
どの選手にも潜在能力はあります。
それをどうやって正しい方向へ導くかが大切です。
潜在的な能力を如何にして顕在化させるかがコーチの役目なのです。
よく間違えているのではないかと思うことがあります。
コーチと解説者との違いを周辺の方は見極めなければいけません。
経験があれば解説者は可能です。
しかし、コーチに解説は必要ないのです。コーチに総論を聞いても仕方ないのです。
勿論すべてご存知だと思いますが、教科書では意味がないのです。
06/12/11
◇◆ テニス・コーチとは(4) ◆◇
最近、プロのTV放映が増えています。先日も書きましたように
フェデラーの進出で男子シングルスを見る機会も増えました。
将に群雄割拠を感じさせる雰囲気です。
プロの動作が、どれほどの好影響を及ぼすかですが、
そのまま真似て良いものではありません。
プロが、どれほど基本を大事にしているかを見て欲しいのです。
それで充分過ぎると思います。
その基本の上に個性が乗っかって一つの自分が完成するのです。
基本はすべてに優先するのです。個性の上に基本が乗るのではないのです。
書店に行くと、関連の書籍や雑誌が数多く発行されています。
これはテニスの今後を考えれば良いことです。
ただ、読者にとっては選択肢の多いことは大変でもあるのです。
いろいろと読んで見ましたが、基本に違いがあるはずないのに、
若干違う場合があります。
それを感じると読者への不親切を覚えて不愉快になることがあります。
勿論、テニス協会で基本はこうだよと言う表示がある以上、
それと異なる場合は、著者の個人的な見解であることを明示すべきです。
それが著者名だと言われればそれまでですが・・・
テニスを志す人は、全ての人がコーチを得るのは至難です。
とすれば、レッスン本に頼るしかないわけですから、
本人を目の前にしている気持ちで書いて欲しいものです。
コーチにとってとても嬉しいことは、
テニスをしている姿が生き生きしているのを感じるときでしょうか?
苦しいことは、努力している選手に順位がつけられるときです。
教える選手には、全員がトップになって欲しいのです。
しかし、勝負の世界で仲良くはないのです。
そのような中で、心の成長を求めるのがコーチのささやかな望みなのです。
06/12/20
◇◆ テニス・コーチとは(5) ◆◇
ラケットの使い方で、最近のプロテニスを見て痛感したことがあります。
いままでは、ラケットの打球面をボールに対して、
どのような角度にするかに注力していました。
そのためには、当然ながらラケット面を維持させるために、
リストを固定させなければいけないのです。
勿論基本は変わりませんが、リストの使い方が違うのです。
現在のテニスでは、ラケットが軽くなった分、
リストの形を瞬間的に変えることが出来るのです。
その結果が、ボールに対して角度の変化だけではなくなっているのです。
最近のテニスで、いままでは考えられなかった、
鋭角のショートクロスを見ることがあります。
これは打球点の問題もありますが、リストの使い方の変化と思われます。
選手の体格アップも一要因でしょうが、それによるスピードアップが、
更に助長させているのが、リストの使い方の変化ではないでしょうか?
テニス本体の変化でしょう。
強打に対する強打も必要ですが、テニスはエラーのスポーツと言われるように、
得点より失点で勝敗が決定するスポーツです。
それを踏まえて指導しないと成長はないのです。
いままでの指導は、ラケットを相手のボールに対して、
如何に上手く対処させるかにありました。
それがいろいろなボールを生み出して来たのです。
これからは、ボールを思いっきり引き付け、リストを上手く作り上げ、
自分の思う場所へ打ち込んで行くかではないでしょうか?
そこにあるのは自分との戦いです。
リストの大切さを実感するのは、ボールを如何に引き付けるかにあります。
これが出来ると、返球はラケット面に合わせて確実に出来るのです。
07/1/1
◇◆ テニス・コーチとは(6) ◆◇
私は、全員を集めての集合指導は苦手です。と言うより殆どしたことはありません。
個人指導が主ですから、集合教育に似た指導方法は苦手なのです。
それは、相手が多数の場合、誰に焦点を当てて指導すれば良いのか
判断できないからです。
勿論、ある期間を経過すれば大体は把握できます。
また、団体競技が主であるのと、個人競技が主であるのとでは、
自ずからその目的とするものは異なります。その辺りにコーチの難しさがあるのです。
選手が、コーチにレベルアップに付いて、サジェスチョンを求めるのは当然です。
コーチは、選手に何を聞かれても回答が出来なければならないのです。
コーチが、その都度返答に迷っていたのでは、選手の頼るべきところはなくなります。
コーチの知識豊富が要求されるのですが、
それが主になると過去の名選手に委ねるのです。
それを頭から駄目だとは言いませんが、経験豊富なのはある面大切ですし貴重なのです。
しかし、陥りやすいミスは、自分の経験を選手に押し付けることです。
過去の立派な戦績は、確かにその選手を支えています。
いかし、それはその選手にとっての財産であり、
コーチをしている選手には逆に重荷となるのです。
名選手必ずしも名監督ならずという言い伝えがあります。
これはいろいろな意味を含んでいます。
特に名選手は、孤立無援の場合が多いのが欠点なのです。
それはある面では仕方ないのです。
自分の成績を上げようとすれば孤立するのは止むを得ないことなのです。
しかし、そのような選手生活をした人が団体を纏められるか?
これは至難です。実績が上がれば良いのですが、上がらなければ降ろされてしまいます。
監督は孤独なものです。個人で闘ってきた選手にはあっているかも知れません。
しかし、コーチはその目的が違うのです。監督は勝つためにチームを纏めるのです。
しかし、コーチは選手一人一人が実力を発揮出来ることを目的とします。
07/1/10
◇◆ テニス・コーチとは(7) ◆◇
練習の必要性は、スポーツマン全てがもろ手を挙げて賛同すると思われます。
確かに、繰り返し運動は興味を引き起こすものではなく持続は難しいのです。
ともかく、練習は繰り返しですから極めて単純な運動となります。
このように刺激のない運動は、長続きがしない欠点があります。
ご本人の考え方次第でしょう。
例えば、初心者の練習として「素振り」があります。
これはスイングの基本ですから、
どのような練習でも必ずステップの中に取り入れられています。
練習が単純であればあるほど、その内容は粗雑になりがちです。
その結果として、あまり効果のない内容になりがちです。
単純な練習ほどしっかりやりたいものです。
「素振り」練習を興味持って出来るようになれば、
スポーツ選手の実力は限りなくアップするでしょう。
しかし、退屈さを通り越して頑張るから良いとも言えるのです。
単純な練習だけに、それに打ち勝つ忍耐力が自分を支えてくれるように思われます。
だからこそ、基本が身に付くのではないかと思うのです。
もっと、興味を持ちながら「素振り」の練習が出来ればと、
いつも考えていましたが、いまだに正解を得ていません。
地道な内容を地道に続けてゆく・・それしかないのです。
確かに、興味を持つ練習方法も必要ですが、
やはり自分の考えにどれほど接しているかを考えるべきと思います。
楽をして上達するのは不可能であることを認識して欲しいです。
野球のバットスイングと同じ練習になりますが、
同じスイングでもテニスとの違いは、
ボールとの接点にコースがあるのと広範囲との違いがあると言うことでしょう。
そのような中で、互いに練習内容を考え効率の良い方法を考えるのです。
その結果として、バットスイングが始まり、「素振り」が始まったと考えるべきなのです。
07/1/20
◇◆ テニス・コーチとは(8) ◆◇
高校生と大学生では指導の仕方も違います。
これは部活の性格が違いますから当然ですし、
教えるという意味合いもその内容は違ってきます。
高校生の場合は、テニスは初めてですというケースが多いです。
経験者の場合は、殆ど大会への経験もあり、
かなりの実力があり選手間の実力の違いは激しいです。
しかし、大学生の場合は、初めてですというケースは少なく、
高校での経験者が圧倒的に多いです。初めてという場合は、
部活で強制的に勧誘されたものと思われます。
どのようなスポーツでも、指導方法で悩まされるのは経験の有無です。
その選手の、過去のコーチとの接触を持つことが出来ないからです。
いま日本のコーチングシステムは、
標準的なマニュアルが出来ているとは思えませんから、
それぞれ自分の考えで構築されたものをベースにしています。
本来なら、彼女はこのような考え方で指導しましたと、
コーチ方法を伝承してくれれば、それに自分の考えを付加して一つのものを作れるのです。
それであれば、彼女の過去をベースに、継続して育成できるのです。
それこそ時間の無駄なく、さらにレベルアップさせることが出来るのです。
私は、いままでどのようにコーチされてきたのかを一番にたずねます。
それを聞いた上で、彼女を見て今後の指導方法を判断します。
自分との違いをまず探します。
コーチの究極の目標は、彼女のレベルアップです。それ以外の何物でもないのです。
特に、大学生ではそれに集中します。ですから自分から細かい指導はしません。
あくまでも彼女の考えを最優先し、実際にチャレンジさせます。
そこから、私との違いを実際面で納得させます。
それまでは私から動くことは殆どありません。
07/2/2
◇◆ テニス・コーチとは(9) ◆◇
東レが始まりました。初日の今日期待していたのは高雄のプレーでした。
結論から言えば、見事と言うしかない内容でした。期待できる若き英姿でした。
今日の相手は、イタリアのスチアボーネで世界ランクは25位、
一方高雄は136位です。昨年、全日本で中村を破り、
脚光を浴びている新鋭であることは既知のこと。
さて、今日の試合は25位に対して、5−7・5−7と2セットダウンでしたが、
その健闘振りはまさに特筆すべきものとして賞賛したいと思っています。
確かに、2ndセット後半では、肩で息をしていた高雄と、
余力を感じさせたスチアボーネのスタミナに、
ランクの違いを感じずにはおられないのは致し方ないのでしょう。
今日は、高雄にとって目一杯だったのは、
試合の経過で一球一球に懸命だった事実から納得できます。
最初から力んでいると言う雰囲気は相手にも伝わっていたでしょう。
ひとつひとつの技術面では、決して負けてはいなかったと思います。
しかし、差が出たのは試合運びではなかったか?
中でも際立ったのはダブルフォルトでした。
高雄が更にレベルアップするには、
「常にベストを尽くす」をモットーとしている中で、
気持ちの中に余裕を持つことではないかと思われます。
解説者は、19歳だからと同情的な発言でしたが、
この年代は限りなく多く、いまや世界を席巻する勢いです。
メンタル面での充実を更に高める必要があるようです。
ボールに対する執着心は、残念ながらスチアボーネの方が格段に上だと感じました。
それが自分のペースで試合を進めている、
スチアボーネに余力を感じさせるのかも知れません。
解説者が、際どいところを狙う高雄に余裕をというコメントもありましたが、
いまのレベルでラインを狙うのは当然であり、
高雄の狙いが間違いだとは思えないのです。
今後は、それが見事にライン内に落ち込むように、練習を重ねるしかないのです。
そのためにも、高雄自身が、充分に現状を認識するしかないように思います。
世界の25位と互角に戦った高雄に、今後も謙虚さを失うことなく精進し、
スチアボーネに勝ってシャラポアと闘いたい、
と言っていた心意気を忘れないで欲しいですね。
07/2/20
◇◆ テニス・コーチとは(10) ◆◇
学生時代、TVや映写会でテニス選手のフォームを見て感心し、その興奮も新しい中、
コートでそのフォームを真似しながら、一人で喜んでいました。
まるで、自分がヒーローになった感じでした。
印象が新しいとそうなるのでしょうか?
まるで本人になったようにショットが決まったものです。
勿論、それは付け焼刃ですから、長続きするものではありません。
すぐ、ボロが出てきますが世界的な選手をイメージするだけで、
まるで同じプレーが出来るのを不思議に思ったものです。
これが、集中力なんだと感心したものです。
新しいことに挑戦する無垢な気持ちが、心の中に雑念を呼び起こさず、
それに集中する気持ちを醸成したのでしょう。
プレヤーとして、目標とする選手やプレースタイルがあります。
何故なら、それに向かって精進することが、自分自身を高めるのは当然だからです。
コーチは、選手たちに目標や憧れのプレヤー、特にプレースタイルを見つけ出し、
それを参考にするよりも、それをステップにすることを勧めて欲しいのです。
そうすれば、より彼や彼女に近ずくことにも繋がり、
その選手の生活態度や考え方を吸収出来るのです。
大事なのは、それを模倣するのではなく目標とすべきなのです。
模倣は、とても大切な技術だと思っています。単なる物まねではなく、
そこにチャレンジする選手の個性が付加されなければならないのです。
それが、自分を高めてくれるなら、もっともっと真似をすべきだと思います。
自分より上手な人を真似るのは、決して恥ずかしいことではないのです。
07/2/28
◇◆ テニス・コーチとは(11) ◆◇
東レで、オンコート・コーチングが初めて採用されました。
非常に画期的な決定だとは思いますが、
初めてだけに選手や観衆には違和感はあったと思われます。
選手やコーチから、その採用について意見を聞いていたようですが、
選手の理由は様々ですが、総体的には「否」かなという感じに取れました。
ある面うなずけます。
反面、コーチや引退した選手に、好評だったのが意外でした。
特に、コーチの発言の中に、自分がその立場になったら、
充分にカバーしたいと興奮気味でした。
ここに、選手とコーチのメンタル面での格差を感じました。
基本的に、選手はプレーの瞬間から、自分だけを頼りにするしかないことを知るわけです。
しかし、コーチは選手の技術面での不足や、
メンタル面をでカバーできると思っているようです。
自分も選手と同じ舞台で動いている意識が強いからでしょうか?
このシステムは、男子は選手側の要望で止めたようですが、
それが分かっていて、どうして女子で実施したのでしょうか?
私は反対です。途中でのアドバイスは殆ど効果ないです。
自分で考えた結果で動かないと、
コーチの指示で戦法を変更すると良いときは効果があるでしょうが、
行き詰ったら再度コーチとの接触が必要です。
そのような繰り返しですと、その選手はいつまで経っても独り立ちが出来ません。
また、コーチを持てる選手は良いですが、それが出来ない選手はどうするのでしょう。
すべてのスポーツに共通するものですが、
観客の存在を忘れて成り立つものではありません。
そのために集客の方法論が種々検討されてされています。
しかし、決して忘れてならないのは、やはり選手の実力をアップさせるべきで、
姑息な集客方法は、真剣な観客に対して失礼極まりない行動と思われます。
07/3/11
◇◆ テニス・コーチとは(12) ◆◇
コーチの立場として、先ず考えなければならないのは、技術面もさることながら、
マナーの習得に鋭意努力するべきだと思っています。
その理由は、技術とは異なりコーチの実力がベースではなく、
すべてのコーチが均等に教えることが出来るのです。
同じレベルで指導が出来るからなのです。
それにしても、いまの応援がどのような理由で始まったのでしょうか?
まるで応援合戦の様相を呈しており、選手のプレーをじっくり見る余裕はないようです。
選手に聞くと、いつ頃始まったか定かではなく、
相手がするから負けないようにしているだけと言う感じです。
そこには選手の姿は完全に不在です。
テニスの場合は、シングルスとダブルスの試合が行われますが、
団体戦はこれらの試合が集まって決められます。
野球・ラグビーやサッカーとは違います。
そのため、試合の構成は極めて曖昧で、どちらかと言えば団体競技ではなく、
個人競技に近いものがあります。
そのため試合の成り立ちは従来から静かに行われていました。
特に、テニスはメンタル面を重視していますから、
騒がしい試合の推移はとても馴染めないのです。
卑近な例を言えば、見つめる中で打球音が快いものなのです。
応援したい気持ちは、充分に理解できますが、
静かに見守る風景を求めてきた立場では、周囲の受け取り方を考えない、
声を張り上げた応援に辟易するのは間違いないです。
どのような競技であれ、相手が存在する以上、
その相手を尊重するのは自明の理であり、
そこに本来のスポーツマンシップが、醸成されるのは間違いないと思います。
古武道で言われている、「礼に始まり、礼に終わる」との言葉は、
極めて単純にスポーツマンシップを物語っているもので、それに尽きると思われます。
「礼」の基本は、相手を尊重すると言うことです。
相手を心から思いやる気持ちだと思います。
自分が勝てば、それで充分と思うのは間違いなのです。
勝つことは大事です。そのために選手は努力しているのです。
だからと言って、勝てば良いと言うものではないのです。
それだけは時代がどのように変わっても不変だと思います。
07/3/20
◇◆ テニス・コーチとは(13) ◆◇
オンコート・コーチィングを、今回も話題にします。その実施には反対です。
いまのコーチでは、失礼ながらタレントのような結果にならないかと心配です。
選手から見れば、凌ぎを削っている試合で、
僅かな休憩時間でコーチのアドバイスをどこまで消化出来るでしょう。
その時間は集中力を高めるために必要ではないでしょうか?
先日も、あるコーチから自分がそのような立場になったらと、
このシステムを容認する発言がありました。
自分が選手の立場にあったら嫌なはずなんですが・・・・
それよりは、自分の立場を考えると、とてもそのような心境にはなれないと思われます。
自分でその立場を弁えて、苦しむことが大切なんだと思わせるのが必要と思われます。
しかし、所詮は欲のある人間なんですね。反対したシャラポアですら、
実際にこのシステムが採用されたら、登録し実施したようです。
どのような心境だったのでしょう。
実際にどの程度使ったか知りませんが、自分に自信があればあるほど、
その実行には抵抗があったと思います。コーチが代行できるものではないからです。
杉山が母親を指名しているのは、家族と言う心理面での支えを求めたからで、
決してコーチと言う立場ではないと思われます。コーチはあくまでもコーチなのです。
コートへ立ったら、本当に頼るものは、コーチではなく自分なのです。
自分で現在行われている試合の中で、
どのように立ち振る舞うのが良いかを考えるしかないのです。
コーチがコーチとして、選手を指導するのは当然なのです。
それで充分なのです。選手はそれをどのように使うかなのです。
その両者の関係を失ってはならないのです。
コーチが、試合中まで足を踏む入れるべきではないのです。
試合を行っているのは、選手であることを充分に認識すると、
選手の中まで入るべきで無いことを知るでしょう。
いま一つ考えなければならないのは、コーチを雇うことが出来る選手と、
出来ない選手との差をどう埋めるのでしょう。それは選手の裁量と突き放しますか?
杉山のように家族であっても、遠征すれば費用は掛かるわけです。
どのような状況にあっても、一人立ちできる選手を育てるのが
コーチの本来的な役目ではないですか。
どのような観点から考えても、このシステムを採用する方が良いと言う判断は出来ません。
選手とコーチの関係を考えても、決して良いことだとは思えないのです。
それだけに、オフコートにおけるコーチの為すべきことは無尽蔵にあります。
このシステムの採用については、それらを踏まえて判断して欲しいです。
メンタル面で、コーチ依存の体質をもつような選手を作っては、
脆弱な選手ばかりとなり、勝利した結果にコーチの存在が増えると、
主客転倒となりかねません。
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