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2011/8/1
今日からテニスのメモ帳はブログ版の方にリンクします。
こちらでの連載はこれで終わります。ありがとうございました。

2011/7/21
   <ウインブルドン 男女決勝を見て>

   男子でフェデラー・女子でウォズニアッキが敗退し、
  今年の試合は期待が薄かったようですが、中味はとても濃いものでした。
  新鋭が活躍するのは気持ちの良いものです。

   日本勢は途中で力尽きましたが、それは体格の問題だけではない気がしました。
  男女の決勝を見ると余計にその感を深くしました。
  技術面でもやはり違いを感じました。

   今回、技術面で気付いたのはスライスの多用でした。
  ピンチの場面をチャンスに逆転するには、
  相手にアンフォースドエラーを誘発させなければいけません。

   しかし、現実にはアンフォースドエラーは限りなく少なかったです。
  これはボールの回転数を考えたものと思われます。
  安全性を第一に考えるなら回転は大事です。

   スライスの場合、ボールの回転方向から見ればトップスピンに対して極めて有効です。
  上手く回転を利用できれば、トップスピンは更にボールを持ち上げなくてはいけません。

   これは、トップスピナーの泣き処を突いてきます。
  これからは、恐らくスライスの多用が増えるものと思われます。
  勿論、サーフェイスとの兼ね合いがあります。

   このサーフェイスとの関係を考えながら、
  ボールの回転を行わないと逆に自分が窮地になる場合があります。
  これからは単純な作業では勝利に結びつきません。

   ラケットが軽くなった分、本来であれば日本選手に有利となるのですが、
  まだその域には達していません。
  面とリストを有効に使うことで先手を取って欲しいものです。

   微妙なタッチは、ラケット捌きによって効果を発するのです。
  無暗と振り回すだけでは効果を得ることは出来ないのです。
  これからは考えるテニスが必要となってきます。

   サービスでも気づくのは、コースの左右に散らせるよりも、
  逆に身体の正面を狙ったケースに成功率が高いようでした。
  ラケットの可動範囲が狭められるためと思われます。

   サービスでは、どこを狙っても返球されるからではなく、
  攻撃的に身体の正面を狙うのが良いのです。窮地と思えば力が入りませんが、
  最初から狙えばポイントが取れるのです。

   これは、逃げていないからです。攻撃的な意味合いも含めて打球すれば、
  そのボールは生きてくるのです。
  生きたボールは相手に充分なダメージを与えられるのです。

   メンタル面で弱気になると、素晴らしいショットも力が半減します。
  思いっきりの良い打球こそが生きてくるのです。生きたボールは確実に相手を圧倒します。

   上位に位置する選手が下位の選手と違うのは、
  それを意識して行動するかどうかにあります。
  自分の意思として打つことによりボールへの気持ちが通じるのです。

   技術的に差がない選手間では、勝ち抜くためのポイントは、
  勝つために自分は何をしなければならないかを熟知しているのです。
  それを実行できる精神力があるのです。

   今回のウインブルドンで痛切に感じたのは、
  メンタル面で相手を凌ぐ集中力とゲーム感にある考えるテニスにあったと思います。
  ただ単に打ち合っていては駄目なのです。

   こうなると、次への期待は日本選手の活躍です。いままで体力的な面で控え目でしたが、
  それだけではなくなったのですから、活躍の場を世界に求めて欲しいものです。

   特に、日本の女子選手にはまたとない活躍の場がそこに来ていると思われます。
  伊達の活躍を自分に置換しなければ駄目です。
  今の自分が当時ならと伊達は思っているはずです。

   それだけに、伊達の後塵を相変わらず平気で受け止め、
  それが当然のように思えてならない不甲斐なさが悔しいです。
  名前負けしている気がしてならないのです。

   早く、センターコートの決勝戦に日本選手の名前をコールして欲しいものです。
  そのチャンスは絶対あるのです。それは李娜に見られるのです。彼女に出来たのです。


   <スライスの採用とその効果 その3>

   スライスを活用する理由は、その回転が相手を迷わせることにあります。
  勝つための基本的な行動は、相手の嫌がる操作を徹底してなおかつ継続的に行うのです。

   ボールの回転は、ドライブ(トップスピン)の場合ボールに対してラケット面が
  地面に向いた形となります。その状態で振り切るためボールが順回転になるのです。

   一方スライス(アンダースピン)の場合、ボールに対してラケット面が
  空を向いた形になります。その状態で振り切るためボールが逆回転となるのです。

   単純な表現に変えると、順回転をドライブ(トップスピン)とし、
  逆回転をスライス(アンダースピン)と考えて頂ければ、
  これからの説明が分かり易いと思います。

   当然ながら、順回転では一度地面に落ちると跳ね上がる状態となります。
  反面、逆回転は沈み込む状態となります。
  回転によって相手に与える影響が変化するのです。

   順回転ボールの順回転返球は、同じ回転の繰り返しですから、
  結果として地面へ叩き込むようになります。そのため返球には長いストロークで
  順回転を継続させる必要があります。

   順回転ボールの逆回転返球は、回転に拍車を掛けますからボールは
  浮き上がる状態になります。これは、相手のボールの勢いを利用する有利性があります。

   逆回転ボールの順回転返球は、逆回転に対して更に回転を掛けるわけです。
  このため、ボールはそのまま地面に向けて打ち込むようになります。

   逆回転ボールの逆回転返球は、回転に抵抗していますから、
  ボールは結果として上向きとなり浮き気味になります。
  回転のメカニズムを充分に把握するべきです。

   ボールはフラットで叩いても、そのまま飛ぶわけではありません。
  地球の重力との関係もありますから、遅かれ早かれ地面には落ちるのです。

   その位置をコート内にすれば「イン」であり、コート外なら「アウト」となります。
  「イン」にするにはどのような回転を掛けるのかが大事となります。

   回転を優位に考え、如何にして相手を封じ込めるか?それは相手の力を
  上手く利用して、自分の立場を優位にする方法となるのです。
  効率よいバランスで操作するべきなのです。

   プロ・アマを問わず、勝つ意味は同じです。
  そのためにどうすれば良いかを考えなければいけません。
  ただ単に、勢いに乗せて打球していたのでは相手を凌駕出来ません。

   最近の傾向として、ドロップショットの使い方が顕著です。
  これも回転のなせる業です。咄嗟の判断で操作される、
  このショットの相手に与えるダメージは大きいものがあります。


2011/7/2
   <伊達の頑張りと土居の快挙>

   今年のウインブルドンは日本勢が元気でした。
  伊達とウイリアムズの戦いは惜敗と言えるでしょう。本当に残念でした。
  十分な休養を与えれば活躍できるのです。

   この場合は、単なる休養ではないです。
  キチンとした練習とバランスの良い食事が後押ししてくれるのです。
  若さが溢れる頃との違いは歴然です。

   それだけに、伊達の活躍は同年輩の方たちに、勇気と希望を与えてくれたと思います。
  これからも、末永く日本のテニスに関わりあって欲しいです。

   一方、土居の活躍は若さの勝利と言えます。
  物怖じしない態度は力以上の物を出してくれたと言うのは土居に失礼かも知れません。
  今回はそれほどの活躍と言えるでしょう。

   尊敬していた選手に勝てたのが嬉しいとのコメントは、可愛らしさを感じさせますが、
  その初々しさは土居の評価を失わせるものではないです。

   この気持ちを忘れないで、上に向かってチャレンジして欲しいと思います。
  技術的には、左利きの優位点を如何なく発揮させるのとバランスの重視にあります。

   フォア・バックとも両手打ちが多い現状ですが、
  その中で伊達と土居はフォアの片手打ちに徹しています。
  これは基本です。多彩な動きが可能な現状を続けて欲しいです。

   両手打ちでは、クレーコートの多さや短縮化されている試合では、
  強い打球が継続できるので有効かも知れません。
  しかし、世界に通用するものとは思えないのです。

   世界の檜舞台で、このスタイルは行動範囲が大きすぎます。
  長い試合になると体力が持ちません。
  瞬時の強打より相手にダメージを与えるのは行動範囲にあります。

   行動範囲が大きくなると、ボールを捕まえるのに必死となり、
  次の行動へ簡単に移行が出来なくなります。
  考える余裕のないラリーは試合を大局的には見れないのです。


   <日本選手の不思議な行動>

   1、プレーでは、サービスのダブルフォルトの多さでしょうか?
     それも、ゲットしなければならないポイントでのダブルは将に致命傷でしょう。

   プロとなった以上、攻撃的要素を持つサービスのダブルフォルトは、
  恥ずかしいと思わなくてはいけません。長い試合で挽回できる気安さがるのでしょうか?

   この点では、試合の短いソフトテニス選手はサービスを大事にします。
  ボールを強打できないだけに、回転やコース以上にダブルフォルトを嫌います。

   試合の構成からやむを得ないのかも知れませんが、
  攻勢に回るべきタイミングでの失点は救いようがないです。
  サービスは一人でも取得出来る技術です。練習しているんでしょうか?

   プレーヤーなら分かっている事実は、
  2本もあるチャンスを生かさなければ試合に勝てるわけがないのです。
  もし、そこにメンタル面が潜むならプレーヤとしては失格です。

   サービスはスピードが大事です。
  しかし、それだけでポイントが得られるものではないのです。
  スピードには素早い慣れが出来ます。しかし、変化にすぐ対応は出来ないのです。

   相手を守勢から攻勢へ転換させるサービスは決してあってはならないのです。
  それをさせないために練習をするのです。
  メンタル面でも強固なサービスを身に着けるのです。

   サービスは、試合開始と同時に行われるストロークです。
  それが早々と試合の勝敗を決めるのです。
  気持ちを改めるのはメンタル面で重要な側面を見せる事実です。

   2、ダブルスで、どうして日本人同士のペアがないのでしょう。
     プロだからでしょうか?
     勝つためにはそうせざるを得ないのでしょうか?協会の動きはどうなんでしょう。

   ダブルスは、非常に面白いプレーの一つです。特に顕著な事実は、
  シングルスのNO1:NO2のペアが、ダブルスでもNO1と言う優位性はないのです。

   ダブルスで、最も大切なのはペアのコンビネーションです。
  二人で守っているコートを有効に使うには、空きを作ってはいけないのです。
  同じ動きでは駄目なのです。

   これは、一朝一夕で出来るものではありません。阿吽の呼吸と言う表現がありますが、
  二人の息を合わせ勝利に向かって発揮できるところにダブルスの面白さがあるのです。

   それだけに、他国選手間では限界があるコミュニケーションを考えると
  何故なのかなと不思議に思えます。
  日本選手がいないわけじゃないのです。互いに育てる意味もあるでしょう。


   <スライスの採用とその効果 その2>

   私が、イースタングリップを採用したのは、
  福田先生のスポーツ叢書「硬式庭球」を購入してからでした。
  最初の一打が、真上に青空に向け飛び上がったのを記憶しています。

   グリップはテニス、スイングはソフトテニスと言うアンバランスから生まれた
  結果だと思います。大学生の年代で始めたテニスでは参考とするものがなかったのです。

   高校時代のソフトテニス仲間を集めて、硬式庭球部に入部したのが3人でした。
  その後、医学部先輩の手助けで何とか消えかかったテニス部が残ったと言えるでしょう。

   グリップの関係で、スライスが持ち味となり球筋が素直と、
  先輩の練習台として相手をさせられました。
  それだけに、スライスにのめり込んだのかも知れません。

   最初は、ボールの勢いに押されラケット面が上向き、ホームランボールに悩まされました。
  何とか返球できたのはヒットではなく、押し込むと気付かされたからです。

   テニス部の構成から、先輩にコーチを受ける余裕もなく、
  一人で考えるしかなかったのです。
  それは、先輩の後ろへ回り影武者のようにスイングしていました。

   現在、月刊誌や専門書が氾濫しています。羨ましいとも思いますが、
  当時互いに話し合いながら、
  考える行動を貫いただけ自分たちの上達は早かったのではないでしょうか。

   今は乱発気味の、フォーム連続写真やショットの瞬間的な写真が
  解説付きで掲載されていますが、
  ラケットと腕の角度が何度とか、これらは却って混乱するだけと思います。

   いくらフェデラーやエナンが素晴らしいと言っても、
  総括的な特徴はその人そのものなのです。
  真似しても、それで実績が積み重なるものではないのです。

   福田先生からは私の質問に対して、いろいろ詳しく回答して頂きましたが、
  最終的には「見てあげられると良いのですが・・・」だったのです。
  私はそれが正解だと思います。

   自分の身体の特徴を充分に生かすには、どうすべきかのアドバイスが一番なのです。
  それを試して見て、言うとおりになるならそのコーチのアドバイスは的確なのです。

   私達は、情報の少ない時代でしたから自分で考えるしかなかったのです。
  それだけに納得するまで練習しました。
  顧問の先生からはテニス部卒業だと言われたものです。

   バスの中では、空いていても爪先立ちで揺られ、
  ポケットには握力を強めるためソフトテニスのボールを握っていました。
  帰宅すると、腹筋運動・縄跳びの日課でした。

   当時のコートサーフェイスは、「クレー」が主体でした。
  それだけに、ラケット重量等の違いもありトップスピンにそれほどの威力はなかったのです。

   一方スライスの特徴は、グリップの特性から効果のあるストローク範囲が
  非常に大きいのです。相手を幻惑させるドロップショットへの変化も瞬時に可能なのです。


2011/6/15
   <中国・李娜の快挙>

   今年の全仏オープンで、中国の李娜(リー・ナ)がイタリヤのスキヤボーネを退け、
  メジャ大会で初めてシングルス優勝しました。称賛に値する快挙だと思います。

   経歴は、決して順調ではなかったようですが、メンタル面が強いのでしょうか?
  その実績を積み重ねています。顧みて、日本選手の弱さを感じさせる結果となりました。

   年齢は29歳で、身長が172cm・体重が62kgと日本人と変わりはないです。
  それでいて、今や世界ランキングが4位となりました。かっての伊達と同じランクです。

   その戦績は、全豪オープンで準優勝し、全仏オープンで優勝の結果ですから
  文句のつけようがありません。プレースタイルは地味なものです。

   これから幾度となく見るでしょうから楽しみです。両手バックハンドですから、
  いろいろな意味で日本選手の参考になると考えます。良い点はどんどん採用したいです。

   彼女も、いまの成績に満足してはいないでしょう。世界の女子プロは、
  群雄割拠の時代に入り誰がメジャ優勝してもおかしくないようです。
  上位選手にはチャンスでしょう。

   <スライスの採用とその効果 その1>

   最初にお断りしたいのは、
  スライスについての私見は独断的かつ経験値から出たものです。
  これを、自分に振り返ってどう考えるかは読者各位が随意にお考えください。

   今の試合内容から感じるのは、サービスからストロークまで全く力を抜くことなく、
  思い切った強打を相手コートへ打ち込んでいます。
  もっと緩急が必要ではないかと思います。

   ラケットが軽くなったため、ヘッドを効かせる強打が可能になり、
  ストロークは勢いに乗ると手が付けられないものがあります。
  それだけに見ていて単調さが目立ちます。

   スライスが、トップスピンを苦しめるのは低く滑るからです。
  スライスを上手く掬えるのは面が上を向いているからです。
  上を向きながら面を活用するのです。

   私の現役時代でも、重たいラケットでドライブを打っていました。
  不可能ではないのです。今のように、リストを使うのではなく面を活用するべきなのです。

   いまの時代でも、片手でバックハンドのドライブをフェデラーやエナンに
  見ることが出来ます。充分に活用が出来るのです。
  何故両手なのかの疑問はいまでもあります。

   ピンポン・バトミントン・ソフトテニス、いずれの場合も私の知る範囲で
  両手打ちを知りません。両手打ちでスライスを打つのは殆ど不可能だし意味ないです。

   ここでスライスを説明するのは、多彩なテクニックを披歴するためには、
  イースタングリップにこそ適性があると思うからです。
  瞬間的な動きに適応力があるからです。

   先日、伊達の試合で相手の緩いボールでペースを乱された試合がありました。
  伊達の得意は、トップ位置で相手のスピードをうまく利用した戦法です。

   これを、誰が採用するかなと期待していたのですが、
  日本人選手には一向芽生えることはなかったです。
  これでは、伊達の術中に嵌るようなものです。

   現在のトップスピンの時代に緩急交えた戦法は、かなり勇気のいるものではあります。
  しかし、勝つためには相手の弱点を如何に的確に攻めるかにあるのです。

   それが伊達を苦しめた戦法の内容です。タイミングよくトップの力を利用した打法は、
  緩急にタイミングを合わせるのは難しいものなのです。

   スライスとドロップショット、これにロブの利用は相手のペースを変え、
  自分に勝利を招き寄せる非常に大切な働きをしてくれるのです。
  何故利用しようと考えないのでしょうか。

   この一因には、学生テニスや地方の社会人テニスの試合内容が短くなったせいも
  あるのでしょう。8ゲームマッチを戦うだけだから力一杯打てるのかも知れません。

   今のメジャでも、男子ですら3セットが最長です。5−5からは試合内容に変更があり、
  ジュースにタイブレークで限度を定めています。

   勝負がつくまで試合を行っていた時代は、はるか遠くへ行ってしまったようです。
  そのため、自分のペースを守る一環として、スライスの活用も必要だったのです。

   私のストロークは、フォア・バックともスライス系の打球でした。
  これは当初からで誰に教わったものでもないのです。
  ただ、福田先生には何度となく相談しました。

   得意は、バックのストレート(ダウン・ザ・ライン)で、
  殆ど反撃された記憶がありません。
  スライスの特徴である低く滑るボールが反撃を阻止してくれたからです。

   バックのストレートは、相手の返球がショートした場合、それを決めるために狙いました。
  前進して出来るだけ高い位置から打ち下ろし気味に打っていました。

   フォアは、浮き上がりを意識して、いつもネットぎりぎりを狙い、
  そこから浮き上がらせていました。それだけにセンターの低い位置を狙っていました。

   低く滑るボールは、身体を開かないと言うより開けないバックの方が
  適切なボールとなります。これはカットではなく面を充分に活用した押しが必要です。

   最近は、バックハンドの両手打ちが主流ですが、両手でスライスは無理だし
  理屈に合いません。それだけに片手打ちが理想的と言えます。バックのドライブも可能です。

   当然ながら、グリップはイースタンです。
  フォア・バックをそのグリップのまま打っていました。
  スライスは、それだけで相手を圧倒する力はありません。

   しかし、グリップでお分かりのように多彩な変化を持つことが出来るのです。
  その一つがドロップ・ショットです。二番目が相手を戸惑わせるスライス・ロブです。

   ドロップショットは、相手を幻惑させるものです。
  これでポイントを取ると相手のダメージは大きいのです。
  それだけに反撃されると逆になるのです。

   ショットは、地面に落ちたとき相手に向かうのではなく、
  その場で出来るだけ小さく上がるのが理想です。
  決して撥ねてはいけません。撥ねないのがドロップショットです。

   だから、決して返球されてはいけないのです。
  飛行距離の長いボールは意味を成しません。
  相手が気付いても”やられた”と思わせなければその効果は薄いのです。

   その”やられた”も、相手に走れば届くかも知れないと思わせ行動を起こさせる
  ショットが効果的なのです。文句なく決まったショットは効果が薄いのです。

   相手に、コートで一番長い距離を走らせ、それがあと一歩で決めるのが理想的なのです。
  これをこなすには想定した練習が大事になります。打球のタイミングも必要です。

   しかし、それを事前に気付かれては相手の餌食となります。
  そのボールには何らの威力もないわけですから、自由自在のお返しが返球されるだけです。

   スライスロブも、使い方ではかなりの威力となります。相手の動きを見て、
  ボールをうまく制御し前衛を上手くオーバーした時の醍醐味は素晴らしいものがあります。

   ストロークでのスライスは、当時ローズウォールが先生でした。
  バックでは左肩上部にヘッドを維持し、
  銀杏部分を左手で保持しながら右足へ向けて振り下ろすのです。

   それは、左上からカットするのではなく、ラケット面をボールに対してインパクトでは
  直角に当て、そのまま押し出す打ち方がボールを強くします。

   滑らせようと逆回転を与えるためカットしてはいけないのです。
  カットでは、ヘッドが急速にダウンしますから、
  ボールは威力の無い平凡なものとなり反撃を受けるのです。

   カットとスライスの併用は、トップスピンを多用する相手には有効だと思います。
  しかし、オープン・スタンスで強打する相手にはコースを間違えないことです。


2011/6/1
   <300号を迎えて>

   「テニスのメモ帖」創刊号の日付は01/09/20となっております。
  いよいよ300号を迎えました。良く続いたものだと感無量の思いがあります。
  今までお付き合い頂いた読者各位に心からお礼申しあげます。

   300回を記念しての内容は、過去ご指導頂いた福田雅之助先生を、
  個人的な思いがある一つのエピソードで偲びたいと思っております。
  自分の至らなさを出し恥ずかしいですが・・・、

   福田先生については、皆さんよくご存知だと思います。
  私自身は二度ほどお会いする機会はありましたが、残念ながら先生の予定変更で、
  一度もお会い出来ませんでした。いまでは、それが唯一の心残りです。

   しかし、テニスの深さを知らされ、スポーツマンシップを教え込まれた、
  心から尊敬する先生です。先生との出会いが無かったら、
  いまほど突き詰めた考えが構築できたかどうか疑問です。

   その先生は、1974年12月に鬼籍へ入られました。77歳と聞いております。
  私自身も今年77歳を迎えました。
  37年前の話でもあります。このような話をさせて頂くのは胸詰まる思いがあります。

   先生は、全日本第1回のシングルス優勝者として実力は明白ですが、
  日本のテニス界での功労は、イースタングリップの採用と言われています。
  それは、当時画期的な出来事でもあったのです。

   当時、日本は軟庭(ソフトテニス)王国と言われ、
  ラケットのグリップはウエスターンが主流でした。
  その中でイースタングリップの採用は、理論武装で周囲を納得させたと聞いております。

   早稲田大・福田・イースタングリップvs慶応大・原田・ウエスターングリップが双璧で、
  イースタングリップは、スタイルとして合理的であり、ウエスターンは剛腕的でした。

   選手から監督まで引き受けられ、プレーから遠ざかれて記者生活を永年されていました。
  その記事もスクラップしておりますが、内容の特徴は、
  最後に必ずマナーの大切さを諭すように語られていました。

   1959年のデ杯監督になられた先生の成績を案じていましたが、
  同年5月のデ杯の東洋ゾーンで、加茂選手の敗退から選手団は行く場を失いました。
  TV観戦の私は思わず「馬鹿野郎」と叫んだのです。

   先生に阿る気持ちではなく、そのままを書いて先生に送りました。
  それに対して先生から猛烈なお叱りを受けました。
  その手紙の内容が次のものです。先生のお許しを受けていませんが記載しました。

   「あの敗戦に対して慰めてもらおうとはしません
  加茂の馬鹿野郎と云ったというのは、君もやはり何でも勝てば良いという輩と同じです
  スポーツマンシップは寛大を旨とします。
  如何に負けたかを知りもしないでやった選手を責めるようでは
  スポーツの真髄を知らぬと言うもの、
  徒にフォアハンドがどうのサーブがどうのと言ったとて
  オームの物まねに過ぎません
  私の本を読むならもっとテニスの大切な所を読み取らなければ
  徒に球を打つに過ぎない
  質問などご免蒙ります

   遠藤君            5月22日  福田雅之助

   <頂いた手紙をそのまま掲載予定でしたが出来ませんでした>

   この時も、スポーツマンシップの精神が分かっていない。
  もっと勉強しないさいと言われた気がして、とても恥ずかしい思いでした。
  直ぐには次の行動が取れなかったのを記憶しています。

   <指導者の育成>

   日本のスポーツ界は、指導者不足を嘆いていますが、
  その養成をしない以上充足されません。その根底は組織の再編成です。
  学校組織を利用した変革は現状を可とするなら2〜30年はかかるでしょう。

   OBの直列的な指導者依存は、学校の歴史や伝統を形作るための行為です。
  確かな指導者とは、スポーツマンシップを根底にした指導です。
  学校のためクラブのための指導であってはならないのです。

   いまの「協会組織」に選手を育てる秘策はあるのでしょうか。
  選手OBの安住の地を求める中で的確な指導が出来るのでしょうか。
  大会が行われ協会役員として参加する人数の多さは何故でしょう。

   役員参加費用を使うより、将来のある選手を一人でも多く参加させるべきです。
  選手へのマナー指導をどの程度・指導者教育のカリキュラムも、
  どの程度充実しているのでしょうか?

   既得権益を生存中は手放さない、そのような協会役員では烏合の衆でしかありません。
  勿論、素晴らしい内容の協会組織もあるでしょうが、
  手弁当で激しい日差しの中応援したことがありますか。

   その姿を選手が見たら。本気で頑張らなきゃと思います。
  プランを計画するのは経験があれば簡単です。
  それに衣を付けるのが協会役員の仕事です。
  指導者育成如何にあるべきかを再構築して頂きたいです。

   福田先生の「規」は、昭和30年秋と書かれてますが、
  大学2年時代にお願いしたものです。直ぐに気持ちよくご返事があり、
  暫くしてから複数枚送って頂きました。いま手元にはこの1枚だけです。

   「            規

    この一球は絶対無二の一球なり

    されば身心を挙げて一打すべし

    この一球一打に技を磨き体力を鍛え精神力を養うべきなり

    この一球に今の自己を発揮すべし

    これを庭球する心と言う

                   昭和30年 秋  」

   旺文社のスポーツ叢書の中に「硬式庭球」があり、
  それを購入したのが先生との接点です。旺文社から転送され幼稚な質問に、
  数枚の便箋にビッシリと書かれていました。その内容はいまも新鮮です。

   その文章は、頂いてから何度読んだでしょう。
  スランプになると繰り返して読んでいました。
  一学生の質問に、丁寧なご返事を下さった先生のお気持ちは忘れてはならないと
  思っていました。

   その後のコーチ生活でも、先生のお考えを少しでも踏襲できればとの
  気持ちは持ち続けました。先生の手紙に感動した喜びは何物にも代えがたいものであり、
  後輩たちに伝えたい思いがあったからです。

   コーチとして、生徒たちに怒鳴ったり手を挙げたりは一度もないです。
  まずは、対話から繰り返しの動作で納得させるのが一番だと感じていました。
  それは、いままで変わらぬコーチ習性となっています。

   特に、留意したのは、「よりよきマナーを身に付ける」でした。
  それは選手の生活態度を変えるにも繋がったと思います。
  その点では先生への感謝の念は尽きません。基本を教えて頂いたと思っています。

   歩んできた人生で随所に反映させたいです。先生の、年齢や生い立ちに関係なく、
  テニスを愛する人には平等に処遇した態度、だからこそ私自身も付いて行けたのです。

   その意味から、この「規」は掛け替えのないものであり、
  先生の志を少しでも後輩に分かって貰えたらと「テニスのメモ帖」を続けました。
  これからは先生のお考えの伝承を考えたい思いです。

   <ドミンゴの言葉>

   放映されたドミンゴと谷村新司の対談からの言葉を掲載しました。

  □ 歌っているときは、その曲が素敵だと思うこと。

  □ いつも、期待に背かないように充分に準備をする。

  □ 成功を実感すると心から嬉しい。

  □ 練習を繰り返し、観客の前で非常に高いものを表現している。

  □ 限界を感じたり、考えたことはない。

  □ 歌えないと思った時が限界と思っている。

  □ 若い人達に伝えたい「高い志・そして強い意志」。

  □ 自己規律の大切さを、真剣に考えて欲しい。

  □ いつも・・・よく考えることです。


2011/5/16
   <試合で使う言葉>

   東日本大震災で、「頑張れ」をよく聞かされました。
  この表現は嫌だなと思っていたら「頑張ろう」に変わりました。
  「頑張ろう」は、運命共同体の考えがあり「頑張れ」のように独善的ではないです。

   勿論、被災された方々を支援する人々は優しい気持ちが溢れ、
  どのような表現体を使っても思いは同じです。
  ただ、被災された方々の心情を考えると「頑張ろう」の方が伴に歩む連帯感があります。

   私たちが、試合に臨む選手に対して「頑張れ」と言うのは普通でしょう。
  「頑張ろう」とはあまり言いません。
  ですから、どちらが正しい使い方かの判断は難しいです。

   最近、ファミレスや喫茶店で注文の際「これでよろしかったでしょうか」があります。
  私には眉を潜める抵抗感があります。
  日本語の使い方を勉強したらと思わず言いたくなります。

   現在進行中の会話の場合は「よろしいでしょうか」が良いと思われます。
  ただ、時の流れから「今」が現在で、
  それを過ぎると過去ならその使い方も仕方ないのでしょう。

   最近の子供たちの会話を聞いて気付くのは、
  「楽しかった」「面白かった」「おいしかった」と極めて短絡的な表現が多いです。
  どこが面白かったのか、どのように楽しかったのかが表現されていません。

   このため会話が続かないのです。
  状況判断を簡単で短いフレーズに纏めるのが得意なのでしょう。
  それが長じて、中身のない”きもい””うざい”など意味不明の表現を平気で使うのです。

   これらは、特定のグループで使用するなら構わないのです。
  しかし、今や一般社会で平気で使われています。
  それを知らないと知らない人が時代遅れになっているのです。

   この、日本語の乱れを親たちはどう考えるのでしょう。
  このような人達が増えれば物事を深く考えない人達が増えます。
  これでは、相手が何を考えているか分からずに接しているのと同じです。

   一般社会だけではなく、スポーツの世界でも意思疎通は大事なコミュニケーションです。
  その一つにアイコンタクトがありますが、
  これは互いの気持ちや考え方が分かり合えてこそ出来るのです。

   テニスの試合で、先輩に教わったのは相手を尊重する言葉でした。
  これはミーティング等で言われたものではありません。
  日頃のプレーの中で先輩が呟く言葉を聞いて覚えたものです。

   先輩たちはそれが身に付いていたのでしょう。自然な形で声になっているのです。
  ですから、違和感は全くなく自分たちの中へも、そのまま入ってきたように思っています。

   言葉にしたら、プレー中に発するものですから非常に短いものです。
  その中で印象深い言葉が「バッドラック」または「ハードラック」でした。
  言葉には相手を思う気持ちを一杯に感じます。

   当時の学校制度は、旧制から新制への切り替え時期でした。
  それだけに、先輩たちは旧制時代のスポーツマンシップの継続を考えていたのでしょう。
  新制で育った我々には地盤がなかったのです。

   それだけに、先輩の意思をそのまま引き継いできた思いがあります。
  それは今でも当然のように生きていると信じています。
  勝負の世界は厳しいものです。しかし、自分中心では駄目だと思うのです。


   <THINK>

   勤務していた企業にコンピュータ導入の話がありました。
  競合の結果、IBM社と決定したのですが、私はコンピュータの性能もさることながら、
  企業イメージとしてその社是に惹かれました。

   記念として頂いたプレートには「THINK」と金文字が刻まれていました。
  いまでも、卓上に置いて時折眺めています。
  その文字は、自分の考え方を纏めるのに役立っています。

   「THINK」をより具体的にするためにどのようなステップがあるのか
  IBM社では、THINK」を”創造的に考えよ”と表現しています。
  その上で企業理念として社是としています。

   有名なロゴを抽象化した。
  「I」=「EYE」→未来を見る目
  「B」=「bee」→蜂の忠誠心
  「M」=「モラルのM」があります。
  「IBM」の代わりに「目・蜂・M」をデザインしたものです。

   ワトソン社長は、考える展開を次のように具体化しています。
  「OBSERVE」→(観察せよ)「DISCUSS」→(議論せよ)
  「LISTEN」→(耳を傾けよ)「READ」→(読書せよ)です。

   このような企業理念を披歴した理由は、コンピュータはデータ処理は得意だが、
  考えることはしない。考えるのはあくまでも人間である。
  ビジネスを成功させる第一歩は”考える”ことだとしたわけです。

   これはどのような分野でも大切なのです。「観察」は自分の周辺をきめ細かく観察して、
  次に何をすべきかを考えます。それは観察することで相手の動向情報を得るからです。

   「議論」は、観察で得た情報を一人の意見ではなく、多くの人の物を集約し、
  それを自分の成長のために討論するものです。
  議論は他人の意見が入って成り立つものです。それを導入するのです。

   「聞く」からこそ。自分の意見に固執するのではなく、
  それを議論するからより有効な事象となるのです。
  考えが独りよがりになってはいけないのです。そのためにも聞く耳を持つべきなのです。

   「読書」は、さらに多くの先達の意見を聞く場でもあるのです。
  周囲の人との意見交換には限界があります。
  考えを更に深める貴重な方法は読書なのです。
  直接聞けない先達の意見を得るためには欠かせないのです。

   このように展開すると”考える”大切さが身に沁みます。
  スポーツでメンタル面の重要性を言われますが、これも同じような意味合いがあるのです。
  ただ。経験律だけに頼ってはいけないのです。

   前回「考える葦」を紹介しましたが、自然界における人間の存在は極めてか弱いものです。
  東日本大震災でそれは歴然としています。
  その悲惨な中で立ち上がろうとしているのは「人」なのです。

   人が考える知恵を持っているからこそ、
  生きとし生けるものの中で一番に生き抜こうとしているのです。
  自然の驚異は神のみぞ知るわけですが、負けてはならないと思っています。

   日本人は会議の好きな人種だと言われています。それを察知したのか?
  会議ではなくミーティングと表現が変わりました。
  互いのコミュニケーションを円滑にするために必要なことは間違いないです。

   しかし、会議での三悪と言われる「会して議せず」「議して決せず」「決して行わず」
  にならないようにしなければなりません。
  加えて、大切なのは「一事不再議」の遵守ではないでしょうか。

   そのためにも「THINK」の精神を大切にして、
  創造的な見地から考え抜く習慣をいつも持ち続けたいと思っています。
  その上で相手を尊重する気持ちを失わなければ争いはないと思われます。

   <今月の言葉>

  □ 練習は嘘をつかない

  練習でやっていなければ出来ないのです。選手を変えて行くのは練習しかないのです。

  □ 失敗とは転ぶことではなく、起き上がらないことである

                      メアリー・ビッグフォード 女優

  □ 学ぶことをやめたら、教えることをやめなければならない

                      ロジェ・ルメール サッカー監督


2011/5/1
   <ユリア・ゲルゲス>

   ポルシェ・グランプリで、ウオズニアッキを破り優勝したドイツの22歳の女子選手です。
  180cmの上背から、叩き込むようなサービスは威力充分なものがあります。

   そのスタイルに見られるリストワークは、女子選手に珍しいと思えました。
  前回に持ち出した「ラケットの変遷」が、そのまま適用できるほどのインパクトを感じました。

   従来のラケットでは、とても考えられないリストの使い方です。
  軽いラケットと上背がより効果的になっていると思われます。
  ただ、ストーサとの準決勝では全般に粗さが目立ちました。

   それを乗り越えたのが、このサービスではないかと思います。
  センタへの鋭い角度の1stサービスは、
  ノータッチエースとして歴然とした形を残していました。

   試合中におけるアンフォースドエラーの多さには、
  これでストーサに勝てるのかとの不安一杯でしたが、
  勢いなのでしょうかストーサだけではなく、ウオズニアッキも決勝で敗れています。

   これほどの体力差を見せつけられると、
  日本人にきめ細かい技術で勝利して欲しいと思いますが、
  いまは中国の選手に期待するしかないのが残念です。
  かってのチャン選手が出て来ないものでしょうか


   <”今月の言葉”から”サービス”へ>

   「人間は考える葦である」パスカルのこの言葉は多くの?を残しています。
  人間を同じ自然界に存在するものとしての、「葦」を表現しただけに余計に
  その解釈を困難にしています。

   他人への、自分からの意思伝達を「声」でなく「言葉」とした人間の発達は、
  予想以上の効果を齎したと思えます。
  声に対する反応より言葉への反応がより深いのは事実です。
  それがどうメンタル面に繋がるのか?

   声が言葉に変わった理由は、
  自分の意思を相手に伝える緻密さを要求されたからではないかと思われます。
  だからこそ、「考える」葦となったのではないでしょうか?
  私の独断ですからお許しください。

   さて、サービスの話をしていましたが、
  途中で何を思ったかラケットの変遷に寄り道しました。道具の大切さは勿論ですが、
  道具で技術面が修正を余儀なくされるのは聊かの疑問が残ります。

   ハイテク技術も、人間社会におけるある意味での発展には寄与しますが、
  一部の人間に寄与されたのでは意味がないです。
  誰が使用しても、道具でボールが変化するようでは本来の意味を失います。

   その顕著なスポーツが、野球でありゴルフでしょう。不思議な思いを感じるのは、
  ボクシングや柔道に見られる体重別のスポーツです。
  どのような目的で区分されるようになったのでしょう。

   その中に無差別級があるのは、本当に強い選手を選出させるために考え出された知恵?
  でしょうか?差別区分をしながら、無差別があるのはどうにも納得しがたいものがあります。

   テニスにおけるサービスも、いまや時速250Kが出る時代です。
  ソフトテニスでは道具の性格上有り得ない事象です。
  それだけに、スピード重視だけでなくテクニックを発揮させたいです。

   今年から、プロ野球では低反発のボールを使用して、飛び過ぎるのを警戒しています。
  しかし、バットのスイートスポットに当たれば、非力でもスタンドに届いています。
  基本に沿った打法なら問題ないわけです。

   単純ですが、サービスはどのような場合でも攻撃的でなければいけません。
  究極は相手に対して、如何にレシーブする難しさを知らしめるかなのです。
  そのためにも、相手に隙を見せては駄目です。

   その、優位性を見せるためにも正確性を要求されます。
  正確性と攻撃的なバランスは、一見不調和を感じさせますが、
  それほど言うは容易く行うは難しなのです。だからこそ”サービス”の意味があるのです。

   サービスの優位性の中に身長の差があります。
  物理的にも、背の高さが優位であるのは間違いないです。
  その上、インパクトでジャンプする打球は更に高めから打ち下ろされます。

   これが現実なのです。これに対処するにはどうすれば良いか?
  方法論は多岐にわたります。負けないレシーブ力を付ける。
  ストロークで対抗する。しかし、どれが正解かは断言できません。

   何故かと言えば、「臨機応変」に見られるように、
  打ち出されるボールに対して自分は何をなすべきかを即判断し、
  それに対応する柔軟性を持ちえないと難局を乗り切れないのです。

   サービスは、相手を圧倒しなくては駄目です。
  しかも、圧倒するのは力だけではいけません。
  レシーバーがスピードへの対応に慣れれば返球は可能です。
  しかし、技が入ると簡単に対応でないのです。

   ラケットの変遷で述べたように、いまのテニスは、
  スピード・パワーに見られるように大型選手の勝つ要素が高くなりました。
  プロOBも、それを憂いてあのような発言になったと思われます。

   皮肉なことに、それが逆に女子テニスに脚光を浴びせたようです。
  女子には適切な道具になったと思われます。
  昔の男子と同様のプレーが、いまの女子に見受けられるように思われます。

   <メンタル面の強化>

   メンタル面の必要性が言われていますが、
  発展途上の選手には重荷となっているようです。
  それどころではないと言うのが本音でしょうか?
  しかし、相手がいるだけにタッチしないわけにはいきません。

   相手との「駆け引き」これがメンタル面で有効となるのです。
  テクニックや体力面の不足を補うのがメンタル面です。
  しかし、それが如何なく発揮されるのは同じレベルの戦いとなります。

   その必要性を感じて、後輩にメンタル面でのチェックシートを試したことがあります。
  興味深かったのか素直に参加しましたが、
  結果については自分の性格がそのまま出ていると感心していました。

   しかし、それをベースにして自分を再発見し、
  さらにレベルアップを目指したいと言う積極性は見られません。メンタル面の必要性は、
  テクニカル面やフィジカル面を超えなければと考えさせられました。

   自分の技術を最大限に生かすには、これらが三位一体となって発揮されるから、
  その効果もレベルが上がるのではないかと思うのです。
  それを早く認識して欲しいと思っています。

   勿論、技術の最大限の発揮は勝敗を左右するでしょうが、
  それ以上にそれを超えた部分で、
  相手を翻弄するのはスポーツの醍醐味であるには違いないのです。
  技術を超えた部分で勝利するのです。

   メンタル面で、その効果を有効にする「プラス思考」があります。
  これは考え方ですから、誰でも自分を主体に導入できますが、
  結果としては技術面を補佐するものであることを忘れてはいけません。

   単純な「強がり」と「プラス思考」は根本的に違います。
  自分を引き立たせる狙いは同じですが、
  「強がり」は一瞬の間に自分の力の無さを曝け出してしまうのです。

   「プラス思考」は、その基盤に確固たる信念を保有しています。
  それが、その時点では方向性を持ち得ないから、充分な力を発揮できないだけなのです。
  それを生み出すのが「プラス思考」なのです。

   「プラス思考」を、自分の実力として発揮する基盤は”練習”で培われたものなのです。
  加えて、「自己暗示」によって更に力を発揮できるものと思われます。
  先ずは、練習による基盤確保が大事です。

   「自己暗示」とは、物事を良い方向へ考えメンタル面でレベルアップを図るものです。
  ややもすると、練習は充分しているのに、
  試合では力を発揮できない場合に起きる現象と思われます。

   誰しも、試合に臨んで勝ちたいとの気持ちはあります。
  それが現実となるのは、自分の弱い心を落ち着かせ、
  練習で培った技術を充分に発揮できるようにするしかないのです。

   反復練習で自分の良いスタイルをイメージし、
  「潜在意識」としてそれを取り入れるべきなのです。
  これによって、その技術が試合で充分に発揮されるから勝者となるのです。

   イメージする難しさは、スポーツ経験者の誰しもが実感としてあると思われます。
  身体で覚えたことを、試合で使うためには限りない反復練習しかありません。
  それが身体で覚えろと言う意味なのです。

   練習前のラケットの素振り練習をしています。
  しかし、いままで何度見たか分からないこの練習も”振っているだけ”に終わっています。
  額から汗が滴るほどの真剣さを経験しているとは思えません。

   それでは、本当に身に付くわけがないのです。
  素振りは、ボールをイメージしてテクニカルなスイングを身に付けるものです。
  その上で、試合に活用すべきなのです。それが本当の練習ではないですか?

   <今月の言葉>

  □ われら、誇りある”立ち振る舞い”

                       元巨人監督 藤田 元司

   久しぶりにコメントします。
  この”立ち振る舞い”にこそ、日頃の自分が現れなければいけないのです。
  ポイントを取った相手に向かってガッツポーズ!
  不調だからとラケットをコートに叩きつける。
  これが”誇りある立ち振る舞い”と言えるでしょうか?
  スポーツマンとして、相手に敬意を持っていれば、絶対に出来ない行為だと思っています。

  愚痴っぽくなりますが、勝つだけが勝負ではないことを知って欲しいです。


2011/4/15
   <ラケットの変遷>

   過去のラケットはフレームが、「木」「カーボン」「グラスファイバー」と
  変化しました。木製は何枚張りかが注目点でした。
  しかし、弱点は折れやすく、時には歪んでスプーン状になりました。

   当時、木製を購入して一週間目にスマッシュの打ち損ねから、
  ヘッド部分が相手コートへ飛んで行ったのを記憶しています。
  また、歪みを起こさないためラケットを挟み抑える器具もありました。

   重さは、木製で390〜410g程度でしたが、
  いまは200〜300gが主体だと思います。
  ラケット面も、木製の場合はテニスボール3個分で、
  デカラケは4個分との違いがありました。

   道具を使用するスポーツでは、道具の変化が非常に気になります。
  現状から考え、自分の時代にここまで進歩していればとの思いもあります。
  ルールが変わらないだけに道具の変化には戸惑います。

   テニス選手にとって、ラケットは常に最大の関心事です。
  ラケットが変ることで、プレースタイルにも変化が出ます。
  それだけに、ラケットの変革がテニスの変革になると言っても過言ではありません。

   ラケットの素材は、30数年前までは木でしたが、
  1970年頃にはアルミ・スチール・カーボン(グラファイト)素材と変化しました。
  ハイテク技術の進歩で大幅な軽量化が出来始めたのです。

   面の大きさも70平方インチ前後から、110平方インチ程度までになりました。
  いわゆる「デカラケ」の登場です。更に、1980年代中ごろには、
  フレーム厚30ミリ程度の厚ラケが登場します。

   これら、デカラケや厚ラケは主流にはならず、
  大きさと厚さの極端な部分を経験することでラケットは洗練され、
  現在はフレーム厚22〜25ミリ、フェイス面が100インチ程度が主流になっています。

   ラケットの性能向上に伴い、ラケットをはやく振り抜いたり、
  スピードのあるボールを打つのが以前より容易くなり、
  ボールの打ち方も劇的に変わりスピードとパワーが求められる競技へと変化しています。

   ラケットの交換頻度ですが、大学では練習量と打球の威力が違い、
  ラケットが受けるダメージは相当なものだったと思います。
  1年に3本程度は買い換えていたのではないかと思います。

   当時は、ウッド系を使用していたので、ガットのテンションも高かったので、
  社会人になっても独身時代はは毎週テニスをしていたので、
  1年に1本か2本買い換えていたと思います。

   最近はテニスプレーの頻度も減り、しばらくラケットを換えていません。
  コーチで利用するのでラケットの傷みも極端に少なくなりました。
  ガットが切れることもほとんどなくなっています。

   テニスを始めた頃は、スイートスポットはどの辺りだと選手同士で、
  話し合いガットのへり具合を競い合いましたが、今は遠い昔の話でしかなく、
  どこへ当たっても変化がないので関心が薄れています。


   <ラケット変遷でOBの意見>

   マッケンロー氏は、プロテニスでのプレーを辞めてからも、
  競技役員と争いを続けているそうです。彼のターゲットは、
  最近のテニスラケットの影響力を抑える対策を取るように要求しているのです。

   その理由は、ラケットが試合の大きな部分を左右しているのではないかと
  思いが強いからです。「テニスは何かを失ってしまったのだと思う。
  微妙なもの、戦略面、一寸したニュアンスを失ってしまった」

   テニスラケットについて定めた規則は驚くほど少ないのです。
  規則では長さは73.66センチ以内、面の長さは39.37センチ以内、
  幅は29.21センチ以内となっています。

   プレイヤーは最近のラケットを使って、以前では考えられなかった、
  時速240km近いスピードでサーブが打てるのです。
  このラケットは、グラファイト、チタンでできたハイテクの武器なのです。

   ハイテク技術によって、トップ・プレイヤーの試合が大きく変わりました。
  現在では、ベースラインから前に出ようとはせず、対戦相手と長いラリーを続け、
  トップスピンをかけたボールで打ち崩そうとしています。

   攻撃的な、サーブアンドボレーによる試合は、全く見かけなくなってしまいました。
  このように戦術の変化が技術の進歩ではなく、
  ラケットの進歩が強く寄与しているのは間違いないのです。

   ベースラインへの変化は、ボールの速さとトップスピンでは
  ボレーで打ち返すのがとても難しいのです。ベースラインから打つ方が、
  危険を冒さないだけに安心してプレーが出来るのです。

   サーブアンドボレーがとても難しいとなれば、勝つためには当然の行為ですが、
  誰もが冒険をしようとしなくなっているのです。
  最近は同じプレーをする人たちばかりとなっているのが心配です。

   プレーの均質化が起きているということは、
  サーブアンドボレー型プレイヤーのマッケンローと、
  ベースライン型プレイヤーのビヨン・ボルグが対戦する衝撃的な試合は
  二度と見られないかも知れません。

   ラケットは、男子プロテニスの試合を単調な強打の応酬に変えてしまいましたが、
  皮肉なことに、女子テニスでは人気アップに一役買っているのです。
  ハイテクラケットでテニス人気を盛り上げているのです。

   ラケットを、もっと厳しく規制すべきと主張してきたテニス関係者は沢山います。
  マッケンロー氏ベッカー氏ナブラチロワ氏の元トッププレイヤー数人が、
  ラケット問題で行動を起こそうとしています。

   彼らは、テニスが「バランスを失い、表面的」だと嘆いているのです。
  「変化が起こった理由は明白。現代のラケット技術で、木製ラケットよりも効率的で、
  強力で軽量な幅広いラケットが開発されている」

   「観客から見れば試合は表面的になり、ボールの弾みが速いコートの場合でも
  試合の90%はベースラインの打ち合い」クレイコートの弾みの遅い試合は
  「単調で退屈にさえなった」と心配しています。

   現役プレイヤーたちの多くは、ラケットの現状に沈黙を保っています。
  今使っている道具で成功を収めているから当然でしょう。
  ビッグサーバーは、おらが天下とプレーを楽しんでいるんじゃないでしょうか。

   打球面がかなり狭くなり、プレイヤーたちはもっと正確なストロークで、
  ラケット面の真ん中をもっと多く使って打たなければならない。
  このようなラケットの変化が必要なあのかも知れません。

   そうなれば、現在のようなパッシング・ショットは打てなくなるだろう。
  反面、サーブアンドボレー型プレイヤーが、もっと活躍するようになるかも知れません。
  どちらが良いのでしょう。

   しかし、趣味でテニスをする人にまでハイテクラケットを使うなとは言っていません。
  野球を引き合いに出して、金属バットはプロ以外で使われていますが、
  プロ野球では木製バットが使われているのです。

   <今日の言葉>

  □ 発想の原点は、”あったら良いな”で、何かを生み出さなければいけない。

  □ 頑張っていれば、いつかはきっと報われる。

  □ プロとは。常にフェアプレーを行う人。

                         鉄道デザイナー 水戸岡 鋭治

  □ 畑山は自分のことを知っていた。しかし、自分は知っているようで知らなかったと思う。

                         プロボクサー  坂本 博之

  □ 個人のスキルが、全体の中で生かすことが必要。

  □ 遊び心が、新しいものを創出させる。

                          ラグビー    平尾 誠二

  □ 採点だけを考えているのではなく、芸術性を追及する。
     それが、遊び心を生み出し、試合を冷静に楽しめた。

                         スケーター   荒川 静香

  □ 見ている人に”感動”を与えるのが真のスポーツマンだ。

                                長嶋 茂雄


2011/4/1
   <スポーツと東北関東震災>

   震災に遭われた方々への思いは、
  日本人として他の地区の方々も等しく同じだと思います。
  立場によって直接携われないだけにもどかしさを感じます。どうぞ、頑張ってください。

   そのような立場の人間として何をすればいいのか?
  苦慮した上での結論は、いま置かれている中で最善を尽くすことだと思っています。
  それによって同じ立場にいることを自覚するのです。

   スポーツを志す人は、スポーツの世界で頑張っている姿を見て頂くのが、
  最高の役立ちではないでしょうか?
  それだけに、今回の高校選抜とプロ野球の開催は良しとすべきです。

   すべての人が喪に服する態度では、次のステップに入るのが難しくなります。
  街中が、そのようになっての復興は、更に難しくなると思われます。

   スポーツ紙に、楽天の星野監督の談話が掲載されました。
  解説者時代の癖が残っているのでしょうか?
  いまは楽天の監督です。組織の一員なのです。弁えて欲しいものです。

   監督がいかに優秀な人であれ、プロ野球組織の一員でしかないのです。
  組織が定めた決定には、潔く従わなければいけません。
  それでないと組織は死んでしまいます。

   同じ意味で、選手会の立場は違います。
  会社組織での労組と同じであるべきを認識しなければ選手会は成り立ちません。
  無碍に反発すべきではないですが意見は言うべきです。

   いずれにしても、プロは職業です。他の企業とその内容は変わりないのです。
  娯楽だから自粛しろと言うのは理屈に合いません。
  その立場で必死になれば思いは通じるのです。

   今回の震災で、亡くなられた方々の無念の思いは測り知れないと思います。
  と言うより、いくら多弁を弄しても、その方々の思いを伝えるのは至難です。
  ただ祈るしかないのです。

   迷いに迷っていたプロ野球も、結局は両リーグ同日開催としたようです。
  これは選手会云々ではなく、同時開催自体が常識的な判断だと思います。
  同じプロ野球として当然でしょう。

   問題は右顧左眄し、選手の調整に疑問を残した
  経営者と選手会の考え方ではないでしょうか?
  選手が、開催後充分な調整が出来なかったら誰がその責を負うのでしょう。

   充分な調整が出来ないために、公式戦で実力が発揮できなかったら
  誰が責を負うのでしょう。
  それぞれの立場で、その職を全う出来るようにするべきではないでしょうか

   未曾有の震災に遭われた方々への思いは深刻ですが、いち早くそれから脱却して、
  新しい日々を求めなくてはいけないのです。
  震災後の動きを見ていると政治の弱さを感じます。

   弱さと言うより甘えかも知れません。
  創志学園の野山主将の宣誓は、心打たれるものがありました。
  「いま自分たちに出来ること、それは懸命に闘うこと」将にこれに尽きます。

   甲子園球場も、球児たちを応援するように満員に近い状態でした。
  これで東北の皆さんは立ち直れると勇気づけられました。
  互いの「絆」をより高めることが出来たのです。

   いまや「頑張れニッポン」ではなく、「頑張るニッポン」です。
  これで反省すべきは、政治を含めて社会において、
  組織上部に位置するふんぞり返っている「トップ」各位でしょう。

   大リーグの斎藤選手は郷里が東北です。
  そのコメントは「語る言葉もないが、自分のプレーを見て少しでも
  元気を取り戻してくれるなら嬉しいです」

   この言葉を、選手会・両リーグの経営者はどう聞くのでしょうか?
  観客が来るのかと話した星野監督はどうでしょう。
  斎藤選手や野山主将の真摯な姿こそ素晴らしいのです。

   野球選手が野球に努力するのは当然です。
  まして、プロ野球は参加する選手全員、生活が掛っているのです。
  見る人には娯楽かも知れませんが選手には生活なのです。

   いまの立場で、どうするべきかを熟考すべきだと思います。
  すべての人が同じ歩みをすべきではないのです。
  自分しか出来ないことへのチャレンジが鎮魂歌だと思います。


   <ウオズニアッキの実力>

   二日続けて、準決勝と決勝のTV放映を拝見しました。見た目では、
  決して敵うものがないと言うほどの、圧倒的な強さは見られませんでした。
  でも、強かったです。

   先ず、目立つのはサービスの確実性です。ダブルフォルトは殆ど見られなかったのです。
  1stサービスでは、入れるだけで相手にプレッシャーをかけると考えたのでしょう。

   その殆どが、スライス系のサービスと見受けました。
  コースを狙い、決して強打返球をさせない心憎さを感じました。
  スピードも、それほどではなくエースは両試合ともなかったです。

   素晴らしい安定感があったのはストロークでした。
  自分からのエラー、特にアンフォーズドエラーは相手とは比較にならない少なさでした。
  兎も角相手より先にエラーしません。

   この相手では勝つのは難しいです。フットワークの素晴らしさは特徴的で、
  誰でも互角に戦えると錯覚するほどの安定感は、
  逆に相手のプレッシャーを増幅させるのでしょう。

   2試合の中で、相手のストロークに負けて、
  タッチが出来なかったのは僅かに数本でした。
  どこへ打っても返球されるボールに相手は徐々に焦っているようでした。

   これが、本当の強さなんだと感心させられた2試合でした。
  兎も角、アンフォースドエラーの少ない相手くらい嫌なものはないです。
  知らない間に負けた感じでしょうか。

   恐らく、日本選手にも彼女のプレーを見ていたら、
  ひょっとしたら勝てるんじゃないかと思うでしょう。
  しかし、あれほどの粘りが日本選手にあるでしょうか?

   あきれるほどの粘りは、やはり練習の結果ではないかと思われます。
  バランスの良いフォームから、心込めたボールが打ち出されていました。
  それは将に力強さがありました。


   <サービス あれこれ>

   新幹線並みの、スピードサービスを出したカロビッチの試合を、早速に拝見しました。
  ATP WORLD TOURでの ATP PARIBAS OPENでした。

   試合は、ナダルとの準決勝戦でした。
  試合は5−7・6−1・7−6でナダルが勝利しました。
  サービスエースは6/22で、カロビッチが多く、ダブルフォルトは4/2でした。

   251キロは出ませんでしたが、
  このフルセットで極端な落ち込みが無かったのはさすがと言う思いです。
  TV画面に関わらずスタート時のサービスには驚きでした。

   あのナダルが、まともに返球で出来ないのです。
  真上からリストを効かせたスイングは、ロデッイクのドスンと言う感じではなく、
  フォームを駆け抜ける新幹線でした。

   カロビッチのサービスは、スパーンと突き抜ける感じでした。
  さすがに、第三セットではそのスピードは落ちましたが、
  芝コースでは真面に返球できるでしょうか?

   身長208cm・体重104kgの見事な巨体が、
  インパクトでは両足が地面を離れています。
  これでは、物理的にサービスがすべて入るような感じがします。

   基本的な狙いはセンターです。試合中に表示された、
  2ndサービスはサービスエリアに落ちてから、
  2.1mの弾みがあるそうです。日本人の体格では頭の上です。

   試合運びは、兎も角サービスの威力に焦点があるようで、
  1セットを7−5で取りながら、2セットでは1−6は
  上位にランクされる選手ではないと思われます。

   如何にサービスが強くても、試合はサービスだけでは勝てません。
  サービスも、試合経過の中では一つの大きな武器ですが、
  それだけで勝てるほど簡単なものではありません。

   しかし、サービスのスピードは大きな武器に違いないのです。
  背が低い日本人では、鋭角に落ちるサービスは考えられませんが、
  それだけにプレスメントが必要になります。

   これは、誰にでも挑戦できるサービスの範疇です。
  どこへでも狙える、優位性を発揮しない手はないのです。
  これを徹底させるには練習以外にはないのです。

   いままでも後輩に言い続けたのが、サービスは一人で出来る唯一のものなのです。
  どうして、それを活用しないのでしょう。確かに面白くもない練習ですが・・・。

   それを面白くするのが自分に合った練習です。
  単純にサービスしていたのでは絶対に上達しません。
  コントロールを重視してテーマを持った練習をするべきなのです。

   考えてごらんなさい。試合開始で最初に行うのはサービスなのです。
  身体は待ち時間で冷えています。
  そんな中で、練習も碌にしないサービスが思うように入ると思いますか?


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