初めての試みで些か緊張しております。僭越ですが、私の考え方がテニス愛好の読者に
少しでもお役に立つならと思っております。メルマガ発刊理由のひとつに、
今年初孫(女の子)が誕生し、子供に託せなかった夢をスライドさせたい思いから、
孫がテニス選手になったら読ませるつもりがあります。
どこからでも読めるように「テニス・メモ帖」としたのも、
一般の指導書のように大上段に構えないで進めたいと考えたからです。
読者各位も気楽にお読み頂ければ幸いです。
さて、早速ですが、最近の女子学生の練習を見て気になることがあります。
単純な疑問ですが、練習に際して何のための練習か?、
充分に理解できていないように思えます。
それだけに練習が試合のための練習になっていないことが多いと感じるのです。
例えば、ダブルスの雁行陣で極めて頻繁にそのパターンが見受けられます。
それは、前衛のポジショニングです。後衛が返球するとボールがネットを越えた途端、
そのボールのアウト・インに関係なく、
ネットに詰めていた前衛がいち早くサービスライン周辺までバックするのです。
ゾーンディフェンスでは一番危険といわれる「デッドゾーン」に位置するわけです。
不思議に思って理由を聞くと"ロヴで攻められるから・・・・"だそうです。
どのような返球があるか分からない、また確実にロヴが来るかどうか分からない場面で
事前の準備をするというわけです。
(このポジショニングの是非は別途問題提起します。ご意見をお待ちしています)
取り敢えず上記のポジショニングを「是」としましょう。問題はこれからです。
では、それに対処する練習を取り入れているかという疑問です。私の体験では、
そのような練習を見たことは殆どありません。ボレー・スマッシュの練習に入ると、
必ずネットに詰めて気持ちよさそうにストレート・クロスに決めています。
ネットより下がって(試合でのポジション)ローボレーに、またスマッシュに
挑戦している姿を見ることは皆無に近いです。
練習は試合のための練習であり、試合は勝つための試合でなければなりません。
練習に対しては、貴重な時間をもっと効率よく使い、自分のレベルアップに
役立つプランニングをと願っています。決して練習のための練習に終始することなく、
試合のための練習に時間を使って欲しいものです。
選手のレベルアップは、練習でしか培われることはあり得ないのです。
何故なら練習で出来ないことが試合で出来るはずはないからです。
テニスのカウントは「ラヴ」(LOVE)から始まります。
このため対戦する選手に試合開始を告げるには、「LOVE−ALL」とコールします。
今回のメルマガ誌の表題にした理由・・・・さあ、試合開始です。
他の競技にはない(LOVE)を採用した理由は諸説あります。
その諸説の中で、私が一番好きだった語源は、イギリスの劇作家シェクスピアの
箴言に"愛は無から生じる"というのがあり、それを基礎として「ゼロ=LOVE」
にしたと聞いたことがあります。初めてその説明を聞いたとき、
とてもロマンチックな表現で気に入り、以後はこれを使っています。
夢破れたらいけないので語源の追求をしたことはありません。
「LOVE−ALL」と言われて、最初のストロークはサービスとなります。
次は当然レシーブとなります。しかし、何故か指導書でも最初はストロークから始まり、
練習も当然のようにストロークからです。試合開始後、攻守を見極める二つ
(ビッグ・サーバーかビッグ・リターナーか)の技術練磨について、
どうして練習ウエイトが少ないのでしょうか?読者各位も練習を一度振り返ってください。
サービスやレシーブの練習がどの程度に設定されているか?
このマガジンを始めるに当たり、我が師、故福田雅之助先生の言葉を披露させて下さい。
テニスをなさっている方には馴染みのある言葉かも知れません。
学生時代に先生のご指導を頂き、いまの自分があると思っています。
いまも時折お手紙を読み返していますが、技術面の解説は現在にそのまま通用し、
その上"新鮮さ"さえ感じます。やはり、基本は不変であり、
行き詰まったら基本に還れという言葉の意味をしみじみと味わっています。
◇ この一球は絶対無二の一球なり
◇ されば身心を挙げて一打すべし
◇ この一球一打に技を磨き体力を鍛え
◇ 精神力を養うべきなり
◇ この一打にいまの自己を発揮すべし
◇ これを庭球する心という
私の選手としての経験は、 高校では軟式テニス・大学から硬式テニス
コーチとしての経験は、 大学卒業後 女子高校 約3年間
自営独立後 女子大学(三校)11年間、現在に至る
|