04/09/12
後輩からの連絡で宮城黎子さんの
(「正々堂々闘う人は強くなる」Tennis Classic10月号)を読みました。
「テニスは審判がいなくてもプレーできる数少ないスポーツの一つである」
と始まった文章は、いろいろとスタイルは違っているが、
「互いの信頼の上に成り立つ紳士の精神が今もしっかり残っているからこそ続いている
システムだと思う」と続いている。
続いて、「近ごろジャッジに関する不満の声が頻繁に聞こえてくる。
ジュニアからシニアまで、ジャッジをめぐるクレームが多発するのは困ったもの」と嘆き、
「シニアトーナメントに出場した知人は、相手選手のジャッジの悪さに
『試合にならない』と憤慨していた」と嘆いていらっしゃる。
その一因として「当面の結果ばかりを追い求める世の中の風潮にあるように感じている。
将来どんなプレーヤーになるかより、今、勝つことを最優先する学校やスクールが多い。
目先の1勝へのこだわりが、人間の心をゆがめ、
プレーヤーの可能性を縮小させているように思えてならない」というコメントは、
現状を憂うOBの見識でしょう。
最後に纏めとして「何より大切なのは大人たちが子供たちに、先輩が後輩に、
そして指導者が生徒に徹底して正しいルールとマナーを教えることだ。
模範となるべき大人たちが正々堂々とプレーできないなど、
本来、テニスの世界ではありえないことなのだ」とあるのは、
私も全く同意見であり自らの意を強くした次第です。
04/09/01
直接的な影響があるかどうか分かりませんが、私が現役の頃ボールは不足気味で、
マネジャーから渡されるボールは一日4個これを大切に使っていました。
練習が終わる頃はつるつるですから、ボールが溜まることもなく、
大変な思いをしてました。しかし、最近の後輩の使い方は想像を絶する使い方です。
壁打ちの上の金網に、ニューボールが引っかかっても、それを落とすでもなく、
その場で憮然としているように見えました。
それだから、気に食わなければ平気で蹴飛ばすのでしょうね。
スポーツマンが忘れてならない一つに道具への愛着があります。
ボールはその中でもプレーの中心になるものです。
これを書くと、よく反発されるのは他国では平気でやっているではないかと言う言葉です。
道具を消耗品と考えるなら、その扱いは雑になるでしょう。
しかし、自分のスキルアップの一助としてある、と考えるなら粗雑には扱えないものです。
道具に人間のように脈打つ心はありません。
しかし、それに力を与えることが出来るのはプレーヤーの力ではないかと思うのです。
マナーは作られたものであってはならないのです。
心の底から染み出てくるからこそ相手や観戦者に感動を与えるのではないでしょうか。
ドーピングで七個のメダルを剥奪されたアテネ・オリンピック、
勝つためには手段を選ばない方法が、
過去のオリンピックでは考えられない数の違反を起こしました。
スポーツマンシップの意味をいま一度見直すべきではないでしょうか?
04/08/21
いま、ジュニアーや学生プレーヤーのマナーが問題になっているようです。
しかし、悪さだけを強調するのではなく、指導者や校風により、
キチンとしている爽やかなプレーヤーがいるのも忘れてはなりません。
残念なのは、良いことは目立たないですね。
悪いことを指摘されると全てがそうだと言う判断には抵抗があります。
先般のウインブルドン大会でもマナーの悪さがありました。
ただ、プレヤーの言動については国民性の判断があり、
簡単にマナーと結びつけるのはどうかなとも思います。
郷に入れば郷に従えと言っても限度があるでしょう。
しかし、世界的に有名になったプレーヤーは、
次世代の多くのプレヤーの参考になるわけですから、
それなりの言動はして欲しいと思います。
団体戦の場合、応援合戦は更にエスカレートしてしまいます。
しかし、根本は指導者の問題になります。
多くの場合、後輩は先輩の言いなりになるのは致し方ないのです。
これがあるから団体競技は団結と言う枠を嵌められながらも自校の名誉のために、
自校の勝利のために我を忘れてプレーし応援するのです。
このように考えると、プレーヤーに対して如何に規制しても駄目だと思うのです。
マナーを守れと言われればそうするでしょう。理屈は分かっていると思います。
しかし、一旦自分の所属するチームに帰属したとき、そのチームの指導者が尻を叩いて、
さあ!大きな声を出してプレーしろ、応援しろと言われれば従わざるを得ないのです。
いろいろな大会へ行き、指導者が盛んに煽っている姿は嫌と言うほど眼にしています。
先般のフェデレーションカップでしたか、
松岡氏が国旗を振って声援していたのを記憶していますが、
私は場違いなものを感じました。
彼のコメントを知りませんが、
「伝統」の素晴らしさは心地よいから続いているとするなら、
それを打破するのは決して良いものではないと思われます。
メールを頂きますが、その半分はマナーの問題です。
内容については、送信して下さった方たちの思いが染み込んでいます。
良いものは続けたいとの思いは、全ての方に共通してあるものではないでしょうか?
マナーの問題を追及することも勿論必要ですが、
指導者各位の競技に対する考え方を、勝つことへの拘りを、
その内容に向けて欲しいと思います。
ただ勝つことだけを求めてはならないと思うのです。
競技をする以上、それに関わる全ての人が思っている「勝つ」ことに
拘るのは当然でしょうで。
しかし、結果がそうであるなら、
その手段はどうでも良いというのでは戦争と同じでしょう。
同じ道具を使用して競技をするなら如何にベストを尽くすかであり、
応援もそれに沿い、さらに昇華させるものでなければ、
競技そのものが意味を失うのではないかと思うのです。
僭越ですが、私見を書かせて頂きました。
マナーはプレーヤーの心を反映させる鏡だと思います。
オリンピックで勝った選手の笑顔は、本当に素晴らしいです。
純粋な気持ちが溢れているように思います。
次回は多くの方のご意見を掲載できればと思っております。
お気づきの点がありましたらご投稿ください。
04/08/10
前回に引き続き、高芝先生のレポートを掲載させて頂きます。
2回に亘る紹介となりましたが、掲載については快くご承諾を頂き感謝しております。
読者各位におかれましても、どうぞマナーについてご意見を賜りたいと思っております。
マナーの根本は、「楽しくプレー」することに尽きると思われます。
ジュニアの試合でのよくある問題(原文のまま掲載させて頂きました)
高知県テニス協会 ジュニア委員長 高芝 純明
◎ 倫理規定に関する違反行為
?相手に向かって大声で威圧する行為
・「カモン」「こいやー」「こいや こらー」など
喧嘩ごしの言葉をポイントごとに何度も繰り返し浴びせる行為
?試合相手への暴言
・「ほんとにアウト?」「どこにボールが落ちた?」などジャッジに関するクレーム
・「しばくぞ」「殺すぞ」などと独り言を言う
?用具への乱用
・「ラケットを高く投げ上げる」「地面にたたきつける」「ボールを蹴飛ばす」
「その他の備品や用具への乱暴な行為」
?服装・用具
・「試合にTシャツで出場する」
・「表彰式にTシャツ、サンダル、首タオルなどで出る」
・「服装についているロゴの違反」(高体連ルールあり)
・「ラケットのストリングロゴ違反」(高体連ルール)
・「タオルをコートの後ろに放り投げておき、ポイントごとに汗を拭きに行く」(遅延行為)
?試合進行
・「試合のあるコートに入るのが遅い」
・「入ってから着替えをする、靴紐を止めるなど」
・「試合場をかってに離れる」
・「試合に入らずかってに帰る」
?セルフジャッジに関する問題
・「ジャッジがはっきりしない」
・「ジャッジが手だけで声がない」
・「ミスジャッジが多い」
・「サーブ前にカウントを言わない」
・「外の観客に、ジャジやカウントを聞く」
・「カウントやスコアがわからなくなる」
?競技中の問題
・「ベストをつくさない」
・「ダブルスでポイントごとに長話をする」(試合の遅延行為)
・「相手ときちんと握手や礼をしない」「審判にお礼をしない」
・「相手のショットが決まったとき、馬鹿にしたように拍手の真似をする」
・「相手が打つ時、わざと声を出す」
・「相手がサーブを打つときに動き回って集中力を乱すようしむける」
・「スコアーカード」をめくらない
・「シングルススティックを立て忘れる」「のけ忘れる」
・「シングルススティックの立てる場所が違う」
・「センターストラップの高さが違う」
・「試合相手を確認せず、間違った相手と試合をする」
・「暑いとき、エンドチェンジでの休憩を故意に長く休む」
?コーチング
・観客やコーチが、個人戦なのに外から声やしぐさで合図を送る
・団体戦において監督がエンドチェンジ以外の時にコーチングをおこなう
※「もう一本」「ナイスショット」「集中」や拍手ぐらいは慣例的に認められているが、
いつまでもしつこく拍手することは相手の集中力を乱す目的であり認められない
上記の倫理規定に反した場合、ポイントペナルティー制度による罰則
(タイム・バイオレーション、コード・バイオレーション)を受ける。
違反がひどい場合は本人およびそのチームが失格となる場合もある。
04/07/31
言い古されていますが、徹底するにはくどいほど言わなければならないのです。
マナーについて、詳細に説明や解釈が行われていますが、
大切なのはプレヤーの人間性に関わる問題ではないでしょうか。
マナーの基本は
1、自己責任 :自分の行動は自分が責任を持って処理する。
2、相手尊重 :競技相手のプレーヤーに迷惑をかけない。
3、規則遵守 :ルールは自分が守る。
ジュニアのマナーについて
最近号で、学生のマナーについて私見を書いておりますが、
勿論すべての学生が同様だとは申しません。キチンとして場合も多々見受けられます。
しかし、残念ながらそれを凌駕するものを見せ付けられると、
つい愚痴が出るようになります。
いままでの経験から、監督・主将の現役と接点の多い人の影響が強いことを、
その立場にある方たちは充分に認識して頂きたいと思っています。
先日お約束いたしました。「ジュニアの試合マナー」高知県テニス協会 ジュニア委員長
高芝 純明氏のHP資料について全文はリンクでご覧頂くとして、
文章の内容には手を触れずさわりだけを記述しますのでお読みください。
http://www.aa.aeonnet.ne.jp/~tennis/
(黄色い枠内、競技マナーへの提言をクリックしてください)
「大きな声を出すのは自分に気合を入れるため一定許容範囲であると思いますが、
「こいやー」あるいは「こいやー、こら」とガッツポーズをして
相手を見据えネットに向かっていく姿には嫌悪感を抱きます」
「これは明らかに悪意をもって行っている行為で、
ケンカをふっかけている言葉や行為そのものです。
言われた相手がもし、「なんなーやるか」と応酬したらどうなるでしょうか。
先日の県体の時、そのような場面に出くわし試合を止め注意しました。
まさにののしりあいです」
「翻って、先のジュニアの試合態度は大きな問題を孕んでいます。
大声で、「こいやー」と言われたら一般の大人は、我慢できないでしょう。
大人にできないことは、高校生にもできないはずです。
それが、昨今ジュニアの大会で多く見られるようになったのは、
全国や四国での影響があると思います。強い?選手のそのような姿をみて真似をする。
相手もやるから自分もやる。このような悪循環が続いています。
彼らはテニスの技術も精神面も未熟で、それを隠すため、
或いは相手の集中力を乱すため、といったスポーツマン精神に反した行為を行っています」
「こんな相手と試合をして、試合後の充実感があるでしょうか?
自分の実力は十分出せたと思えるでしょう?
試合をして「ありがとうございました。勉強になりました。また、お願いします」と
言えるでしょうか?あるいは言ってもらえるでしょうか?
周りで応援している人に感動を与えることができるでしょうか?
「どんな球も諦めず拾うひた向きなプレー」「勇気をもって攻める姿勢」
「相手によってよく考えた戦術」「そしてなによりも正々堂々としたプレー」などに
よってのみ観客は感動し、惜しみない拍手がプレーヤー与えられます」
「テニス人口はジュニアも一般もどんどん増加し、
高校生は全国で12万人以上の高校生がテニス部に入部しています。
この数字は、サッカー、バスケットボールについで第3番目の数です。
部員は多くなりましたが、現状のような試合では、
「人に見てもらえるスポーツ」になり得ません。
子どもたちは、大人への成長の途中ですので、
漫画やアニメ、テレビなど多くのメディアの影響をうけ、
ややもすれば青年期特有の誤った価値観や行動をとることがあると思います。
そこに、顧問や指導者・保護者の果たすべき役割があります。
生徒が誤った認識で、このような行為を行っている責任は大人にあります。
指導者・保護者・顧問などが生徒に正しい情報・ルール・マナーを教え育てる事が必要です」
「昨年からIHでテニス団体戦の女子決勝がNHKでテレビ中継されました。
テニスが多くの人に見てもらえ、感動を与えるスポーツになるために、
我々大人が、勝負至上主義ではなく、スポーツの本質、テニスの本質を
見据えた指導(こころを育てる指導)を粘り強く行うことが望まれます。
大リーグの選手は決してガッツポーズやはでなパフォーマンスはしません。
テニス競技が真にメジャーなスポーツになれるか、今が踏ん張り時ではないでしょうか」
テニスの試合にドラマを!感動を!
◎ 追記
「試合中の声について、どこで線引きしたらいいかわからないという声をよく聞きます。
私の私見ですが、自分が対戦していると置き換えて不快感を感じるような声や
しぐさはダメだと思います。
また、作戦として相手の集中力を乱すような意図のある行動や言葉は
「スポーツマンシップ」に反する行為としてコードバイオレーションの対象と考えます。
掛け声は、自分や自分のペアを励ます意味で出すもので、
決して相手に精神的ダメージを与えるためにだすものではありません。
テニスのルールブックに、
「ダブルフォールトには温かい沈黙を」ということが書かれています。
フェアープレー精神とはこのようなことをさしています。
ラグビーでも選手が負傷した時など、ボールをわざと外に出して試合を中断します」
04/07/23
日大藤沢高校テニス部顧問の渡辺先生から
高知県ジュニア委員長の高芝純明氏を知りました。
HPの上でご尊名を拝するのみですが、早速HPを拝見しました。
全くその通りですと言いたい気持ちと、反面、今の氏の地位から見ますと、
そのような方が話を具体化できるとの期待も過剰なのかな。
いやそれほどマナーについては根深いものがあるのかなと慄然たる思いになりました。
書かれている内容の詳細については、
機会に恵まれましたら高芝氏からご了解を頂いた上で掲載したいと思いますが、
いまは渡辺先生のHPからリンクしてご覧ください。
振り返ってみれば、私がマナーについて書き始めたのも後輩の現状を憂いたからです。
その内容は高芝氏が書かれているものと殆ど変わりはありません。
スポーツマンシップの精神を叩き込まれた私たちでは、
到底考えられない現状はその経緯を把握しないと、
ただ単に駄目だと言うばかりでは解決しないのではないかと思われます。
最近驚いたことがあります。いま車椅子テニスが活発ですが、はなはだ失礼な話ですが、
健常者と違い通常のルールでは試合が出来ません。特殊な立場にいらっしゃいます。
その方たちの中でもマナーの悪い行動があると聞かされ耳を疑りました。
こうなりますと、競技者や応援者も含めて、
現状が通常の行為であるとの理解しか得られていないのではと思われます。
しかし、それが妥当であるなら私たちがいくら大きな声で叫んでも、
それは徒労に過ぎないのではないでしょうか。
テニスを楽しむことが、自分本位の考え方が主体となる世代へ、
違った角度で反映したと考えざるを得ないのではないでしょうか?
しかし、渡辺先生や高芝氏がご努力されているように、諦めるわけにはいきません。
根気良く続けてゆかねばならない問題ではないかと思っています。
これは数人で出来るものではありませんが、僅かな人が発端であっても、
輪の広がりを期待しながら進めて行きたいと思っています。
04/07/10
マナーを云々する前に、
今年のウインブルドンの試合を学生諸君はどの程度観戦したのでしょうか?
若さ溢れる新人の活躍もあり、充分に楽しむことが出来たのでしょうか?
それ以上に得るものがあったなら言うことはありません。
学生プレーヤーの年齢に近い選手の活躍でしたから、
いろいろな面で参考になったのではないでしょうか。
今年素晴らしいと思ったのは、男子のアンチッチと女子のシャラポワでした。
20歳と17歳、日本で言えば高校から大学の選手です。
この二人の選手に学んだものは多かったのではないでしょうか。
まず、マナーで二人に共通していたのは、あの闘いの中で非常に物静かであったこと。
殆ど声を発することも無く、ただひたすらボールに集中していたのではないでしょうか?
闘いの極限の中で物凄いプレッシャーと戦いながら、結果として、
いつもと変わらぬ気持ちを持ち続けたのは敬服するしかありません。
次に、相手選手への思いやりがあることです。
どんなに素晴らしいショットを放ってエースを取っても、
二人が行うアクションは僅かに右手を握り締めるだけでした。
しかも瞬間的にそれをしますが、あとは平静な自分にすばやく戻っています。
また、相手のファインショットには、僅かな動作でラケットを使い拍手をしていました。
それも大げさではなくごく自然にです。
プレーで感心したのは、ボールに対する執着心と身体の使い方でした。
いかに体勢を崩してもその眼はボールを追いかけています。
だからといってスタンドプレーの無駄な動きはありませんでした。
その時に感じたのは体勢を崩されても、
完全には崩れないで持ち直すところに凄さを感じました。
これはどのような練習から培われるのでしょう。
このようなマナーやプレーを眼の前で見せられると、
それはそのまま真似して欲しいと思います。
頂点に登りつめた人だから出来るのではなく、テニスを好きでやっているなら、
技だけではなく心の鍛錬も必要ではないかと思いました。
今回のウインブルドンではこの若き二人に祝福を送ると同時に、
これからも二人の応援者として見守りたいと思いました。
04/06/30
先般、大学の応援マナーを注意したところ、
無名で「一生懸命応援するのが何故悪いんですか?勝手な判断をしないで欲しい」と言う
メールがありました。私は応援が悪いとは一言も言っていないのです。
その方法論について注意をしたのです。
それを読み取ってくれない学生に失望したことを記憶しています。
今までも応援や選手のマナーについて何度も書いてきました。
それにご賛同頂いた先生やコーチの方もいらっしゃいます。
私はスポーツの基本として、ルールとマナーの徹底は最初にするべきというのが持論です。
何故かと言えば、最初の悪い習慣は簡単に消えないからです。
コーチの方ならご経験がおありでしょうが、
初心者と経験者とどちらが教えやすいですか?癖を直すのは大変なんです。
学連のルールや試合要項などを読むと、
ルールやマナーでいま俎上にある問題点は殆どチェック項目として網羅されています。
しかし、それが守られていないのです。これはルールを遵守する。
ルールを熟知するという基本的なことが出来ていないからではないでしょうか?
極めて簡単な表現を許されるなら、
マナーとは相手を尊重することではないかと思っています。それはまた、
社会生活の基本である、人間と人間のつながりを大切にすることではないでしょうか。
他人への思いやりや心遣い等を考えたら、尊重するという意味合いは相手に対して
礼儀(マナー)を尽くすことではないかと思っています。
相手のエラーに大きな歓声や、
派手なガッツポーズは残念ながら今やどこにでも見受けられます。
この態度のどこに相手を慮る行為があるのでしょう。これではスポーツではなく、
ルールが定められた喧嘩に近い不快感を覚えます。
大学生には競技や練習で自主性を尊重していますから、
統一的にマナーを徹底するのは大変でしょう。
そうなると底辺にある中・高校生への徹底がまずは望まれると思われます。
渡辺先生が目指す「理想の部活動」も恐らく選手に対して、
勝敗の重要さもさることながら、人間として成長されることを、
そしてその基礎として部活動が支えられるならという思いではないかと憶測しております。
先生のページにはマナー問題でリンクが張られていますので、
ぜひご訪問されてご一読頂ければと思っております。
この問題は、一朝一夕に修正されるものではありません。
しかし、やらなければならないのも事実です。
しばらくこの問題に焦点を充てて考えたいと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。
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